My Funny Anniversary

もうこっちに越してきて一年近く経つというのにまだ整理していない荷物がある。
必要なものが入っているわけじゃない、というのもあるけれども、開けてしまったら昔を――アニキがいた頃を思い出してしまって今が切なくなってしまうから、というのもあるのかもしれない。でも、いつまで経っても引っ越し直後のように段ボール箱が床に転がっているのも見栄えが悪いので、思い切ってガムテープの封を開けたのは、桜前線も北上し春めいてきたある晴れた日のこと。

「あーっ、懐かしー!」

小さい頃からのアルバムやまだそれに貼っていない写真に交じって出てきたのは、撩を盗み撮りしたときのもの。オートデート機能がその日を昭和57年3月26日だと刻んでいた。

「うそ、そうだったんだ……」

なにしろ4年も前のことだから日付までは覚えていなかった。それから数年後、あいつに男に間違えられた挙句、ブティックで人身売買組織潰しの囮に使われたのは一年前の今日だとはっきり覚えているのだけど。

それから一年後。別にあたしは記念日なんてのをこまごまと祝うタイプじゃない。
高校の同級生の中には告白した日、初デートの日、ファーストキスの日など一つひとつちゃんと覚えていてちゃんと祝って(くれるのを強要して)いる子もいたけれど、あたしだったら自分でもそんなこと忘れてしまいそうだ。だから将来、もし旦那が結婚記念日を忘れてもきっと目くじら立てる奥さんにはならないだろう。そんな日が来るのかどうかは判らないにしても。

だから別にあたしは撩に期待したりはしていなかった。どういう巡り合わせかは知らないけれど、初めて撩とあたしが出逢って、そして再会した日であるにもかかわらず。ただ、自分だけが心の中で祝えればそれでよかった。

そしていつもと同じように寝汚い撩を叩き起こし、いつものように朝食(兼あいつの昼食)を作り、二人分の洗濯物を洗って干し、部屋を掃除して伝言板を確認し、スーパーに買い物に行く。その間、撩からは記念日の「き」の字も出てこなかった。
相変わらずソファで惰眠を貪り、出かけたかと思えば外でナンパのし放題、帰ってきてはエロ本に涎を垂らし、また寝っ転がってテレビの美人ニュースキャスターの胸元をブラウン管に穴が開くんじゃないかと見入る。
すっとぼけているのか、それとも本当に覚えていないのか。
それでも4年前の今日、初めて撩と出逢ったんだと思うとこの3月26日という一日がいつもとは違う、ただの1/365ではないように思えてならなかった。そう思うだけで一日中胸が沸き立つものがあった。それがたとえ自分一人の胸の中だけであったにしても。

「そうだ、どうせだったら夕飯も奮発しちゃおっか」

そう思ってスーパーであれこれ買い込んできたのだ。幸いにもそれができるだけの経済的余裕が今はあった。いつもより上等なお刺身盛り合わせに、やっぱり手作り唐揚げは欠かせないよな。撩も好きみたいだし。それに、ポテトサラダは手間がかかるけれども、だからこそこういうときに作らないと。
そういそいそと、半ば鼻歌交じりでいつもより早めに台所に立っていると、

「あれ、撩どこ行くんだよ」
「どこって、飲みに行くに決まってるだろ」

唐揚げが半分ほど揚がった頃、いつものようにそう事前通告なしにふらりと出て行ってしまった。後に残されたのは衣をつけた残り半分の若鶏もも肉と、鍋の中で火の通りつつあるジャガイモと、冷蔵庫の中のお刺身盛り合わせとその他ご馳走の予備軍たち、そして台所にぽつねんと立ち尽くすあたし。

「まぁ、しょうがないよな」

別にあいつに祝ってくれと言ったわけじゃないし、それを期待していたわけでもない。ただあたしが勝手にいつもより豪勢な夕飯をこしらえていただけだ。

「だったら最後までオレ一人でお祝いしちまおうっと」

お酒も勝手に空けちゃうもんねー。昨年の今頃は全然口にしていなかったけれど、この一年でずいぶん撩に鍛えられたものだ。もっとも、相棒としてそれ以外にも鍛えてほしいのはやまやまなのだけれど。

かくして、テーブル一面に手の込んだメニューの並ぶ中、それとは不似合いな一人パーティーが始まった。まだまだ決してアルコールの強くないあたしが、それでも一瓶空ける頃には――お酒にはやはり人の心を素直にする作用があるのだろう、もう時計の針が0時を回りつつあったが、いつもは押し隠しているであろう不安が今日はやけに意識に上ってきていた。
――本当は撩は飲み歩いているんじゃなくて、何か危険なことに巻き込まれているんじゃないんだろうか。それで帰りたくても帰れないんじゃないか、怪我か……それとも、もう――。
テーブル上に虚しく並ぶご馳走の数々が、いつかの不吉な予感めいたものに思えて仕方がなかった。

いつしか泣いていることに気がついたのは、ふらついた足音が聞こえてきたときだった。相変わらずの千鳥足、あれで6階まで上がってこられるのが不思議なほど。

「かおりちゃ〜ん、たっだい――」
「遅ーぉいっ!いったい今何時だと思ってるんだ!
こうして毎晩毎晩遅くまで飲み歩いて
今はまだ懐にも余裕があるからいいけれど
いつまた依頼があるか判らないんだぞ!
それなのにツケばっかり増やしやがって……」

気がつけばいつものように仁王立ちでまくし立てていた。それに気圧されて小さくなる一方の撩もいつものこと。でも今夜は、そんなやりとりをどこか遠くから眺めているもう一人の自分がいるような気がした。
――豪勢なご馳走でお祝いするだけが『特別』じゃない、こうしてまた今日もいつものように他愛のないことで泣いて怒って、そして笑えるのもまた『特別』なんじゃないだろうか、あたしたちにとっては。ついさっきまで内心、最悪の事態まで予想してしまっていたのだから。
当たり前の日常さえもいつどこで終わりを迎えるか判らない、それを身を以て知ってしまったのだ。撩も、あたしも。だから豪華なディナーもプレゼントも要らない。ただ、相変わらずいつもどおりの平穏無事な日常をおくれればそれでいいのだ、あたしにとっての記念日は。そして、願わくはそれがまた来年も続くように。

「ったく、さっさと寝ろって言ってるだろ。ニキビが余計増えるぞ」
「オレが寝ちまったら誰が『おかえり』って言うんだよ」

そう答えると撩はそれが意外だったのか、まるで鳩が豆鉄砲を食らったようにぽかんとしていた。その顔っていったら、アニキにも見せてやりたかったくらいだぜ。

「じゃあな、オレもう下行って寝るから。
ちゃんと戸締りしろよ。ああ、あと火の始末も」
「誰に向かって言ってると思ってんだよ」
「ん、ただの酔っ払い。だから信用置けねぇんだよ」

そんないつもどおりのご挨拶で今日も終わろうとしている。4年前の今日、二人が初めて出逢って、そして一年前に再会した記念すべき今日が、いつもどおり、つつがなく。そして時計は次の記念日へと回り始めていた。その「次」が来ることを祈りながら。

ということで今年のイベントネタ第5弾、
初めての撩の誕生日――というのはまだ決めてもらっていないので
二人が出逢ってちょうど1年(正しくは4年)目の記念日です。
奇しくもその数年後の、海坊主との決闘後のあの台詞の
伏線みたいな感じになってしまいました【苦笑】
でも、その日を一緒に過ごせることの『特別』さを
誰よりも知っているのは撩と香なんですから。

background by

City Hunter