With one auspicious and one dropped eye

昨年の今日、ちょうど今頃どこで何をしていたのか、気がつけばつい思い出してしまう。この時間は確かあいつを伝言板を見に行かせていつものようにナンパに精を出していたなとか、ちょうどあいつと落ち合ったあたりだとか、中央公園であいつの妹を待っていたなとか。
一緒にベンチに座っていた奴は今はここにはいない。
それどころか、何の因果かそいつの墓の前だ。昨年の「泣き出しそうな」鉛色の空とは打って変わって、今年の3月31日はきれいな春の青空。それが余計に一年前との明暗をくっきりと浮かび上がらせていた。いや、同じような花曇りでもなおさらあいつの不在だけをより際立たせていたのかもしれないが。

――まさか、一年経ってこんなことになるなんてな。

俺の傍らには墓前にひざまずくあいつの妹――香の姿。手向けられた色とりどりの季節の花、ああ、もうそんな時期か。彼女は祈りを捧げるというよりは、まるで兄と無言の会話を交わしているかのようだった。

あれから季節が一巡りし、あいつもすっかり大人びて――きたと言ったら嘘になる。
相変わらず口は悪いはすぐ手は出るわ、がさつで気が強いわ――いや、あれでも家事など細々したことはきちんとやっている。これであの男勝りさえ直せばいい嫁になるに違いない。だが今俺が見下ろす香の横顔は、今まで一年間傍で見てきたどの表情とも違っていた。

あの夜、香は幸福の絶頂、というのは大袈裟だが、今まで生きてきた中で十本の指には入る幸せな夜になるには違いなかった。記念すべき20回目の誕生日、しかも今までおそらく二人きりで祝っていたのが今年は兄の騒がしい相棒付き。あいつにとっては予期しなかった真実の告白が待っていたはずだが、それすらもあの兄妹のこと、二人の絆をより強めるものとなっていただろう――
そんな予感も期待も総て裏切られた、あの悪魔の薬――エンジェルダストによって。そして、香にとって今まで生きてきた中で一番の哀しみに突き落とされるとは。

誕生日というのは、俺には縁の無いものだが、365日の中で一番待ち遠しい日なのだろう。その日だけは自分が主役なのだから。
でも香にはその最も幸福な一日が、最も深い哀しみを思い起こさせる一日になってしまったのだ。これからもずっと、この日を素直に祝うことができないのだ。
それもこれも総て俺のせい。俺が槇村の代わりにシルキィクラブに行っていれば、俺があんな依頼を受けなければ、俺が――槇村と組まなければ。

途端にラッキーストライクの煙が苦くなる。もうずいぶんと短くなったそれを吐き捨てると、爪先でぐりぐりと地面に押しつけた。もちろん墓地のそれはきれいに整えられた芝生なのだが。

「あーもう、リョオ!ここは灰皿じゃねぇんだぞ」

と言うと香は、足元の吸い殻を拾い上げると、それを丁寧にハンカチに包んでポケットにしまいこんだ。もちろん後でごみ箱に捨てるのだろうが、決然と立ち上がって眉を思いきりしかめながら俺の顔を見上げた。

「どうせオレの誕生日をアニキの命日にしちまったのは
自分の責任だなんてくよくよ考えてるんだろ」

図星だ。意外なところで勘が良いのだ、香は。

「でもさ、オレは今自分のこと幸せだと思ってる。
なんでだか判るか?」
「――さぁな」
「もし一番最悪の結果だったら、こうして今ここで
アニキの墓参りなんてできなかっただろ」

確かにそうだ。考えうる中での最悪の結末――それは、ユニオンのブラックリストに載ってしまった香を俺が守りきれなかったということ。
だがその刺客を倒し、連中は勝手に諦めてくれたようで結果としてあいつはこうして俺の傍にいる。これを幸福と呼ばずして何と呼ぶべきだろうか。

――いや、死んでしまったら幸福も不幸も感じない。ただ永遠の無があるだけだ。
哀しむのは、遺された者たち。相棒だけでなくその妹も守りきることができなかったら、今頃俺はどれほどの絶望に苛まれていただろうか。おそらく己の無力を呪い、深い深い、光差さぬ漆黒の闇の中に沈んでしまっていたことだろう。
だが、それに比べて今の穏やかさといったら――確かにここは哀しみの支配する永遠の眠りの園かもしれない。だが春のうららかな日差しの中、芝生は青々と茂り、色とりどりの花が咲き、木々は新緑が芽吹き、遠くで鳥の啼く声もする。

「だからきっと来年もオレは幸せなんだと思う。
無事にこの日を迎えられたってことは
それまで一年間大きな病気も怪我もせず
なんとか食っていけるだけの稼ぎもあって
ヤバい事件に巻き込まれることもなく
でも巻き込まれたとしても――撩がずっと守ってくれたってことだから」

「おいおい、守ってもらうだけのつもりかよ」
「傍に置いてくれるってことは、そういうことなんだろ?」

香を失う――それはただ元の暮らしに戻るというだけのことのはずだ。
だが、それを思っただけで心にぽっかりと穴が開いてしまうのはなぜだろう。
1はもうただの1ではない。2−1の、マイナスの結果の1になってしまったのだ。
俺にとって、香はもう――

「じゃあ、相棒の契約更新というわけで」

そう言うと香はすっと右手を差し出した。

「とりあえずまた一年間、よろしくな」
「あ、ああ」

あいつの墓石が“証人”だ。手を握り返したらこれ以上ない確かな証となってしまう。
だが、俺はその手を振りほどくことはできなかった。

「こちらこそ、相棒」
「あ、でも更新ってことは条件変えられるよな、野球選手みたいに」
「減俸もありっていうんだったらOKだけど」
「あーっ、なしなし!今までどおりでオネガイシマス」

それでも、こいつのことを考えるといつまでもそれを更新し続けるわけにはいかなかった。たとえその結果、俺の胸が痛もうと。
ただ、とりあえずは香が少しは大人になって、女らしくなって、良い嫁さんになれそうになるまで――それまではいいだろ?とどこにいるかも知れない前・相棒に問いかけた。

ようやく2012-13イベントシーズンのトリを飾ります
初めての香の誕生日、と言うより
槇兄の一周忌、と言った方がいいでしょうか。
当店ではその辺りはあまり強く打ち出してきませんでしたが
タイトルに取った『ハムレット』の台詞のように
一方では嬉しくもあり、でももう一方では
哀しみに暮れる一日でもあるんですよね。
自分にとって誕生日がもしそうだったら……
とてもじゃないけど素直に祝える気にはなれませんが【泣】
一応、撩視点なので原作どおりにも当店の槇兄生存設定にも
とれるようにぼかしてはいます【泣笑】


City Hunter