やさぐれサンタのChristmas |
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今日はクリスマス・イヴ。1985年前に救い主様が生まれたという有難ーい夜だが、クリスチャンが1割にも満たないこの国では、大好きなどんちゃん騒ぎの言い訳に過ぎないようだ。
向こうでは家族で過ごすのがこの日の正しい祝い方だった。 一方、ここでは今夜は恋人たちのためにあるらしい。 俺としてみればあっちでもこっちでも過ごし方に違いはない。夜の街でもっこりちゃんと戯れ、朝まで飲んで騒ぎ倒すだけだ。まぁ、多少はこっちの方がそんな不謹慎に対して風当たりはマシだろう。相棒はといえば俺に付き合うことはなく、妹の待つ家へと毎年いそいそと帰っていったが。翌日、プレゼントの代わりに昨夜のご馳走の残りを持って。 「――撩ちゃん、もう帰った方がいいんじゃないの?」 昨年まではこんな時間にそんな台詞を言われることはなかった。まだ25日になるかならないかというところ、ようやく折り返し地点という辺りだ。 「香ちゃんが待ってるんでしょ?」 昨年と今年のクリスマスの間に、俺の周囲は大きく変わった。 「えーっ、ママそんな冷たいこと言わないでよぉ。ボトル入れちゃうからさぁ」 ここはあくまであいつにとって仮の居場所。たった一人の家族を失った心の痛みが癒え、新たな生き方を見つけたら旅立っていかなければならない場所。そのときが来たら笑って送り出してやろう――だから俺は香とは一定の距離を置いていた。あいつとはただの同居人――本人は『相棒』のつもりだが、所詮は何も知らない素人だ。「置いてやっている」に過ぎない。いくら一つ屋根の下に暮らしているとしても、『家族』ではないのだ。 「だーめ。あの娘、お兄さんを亡くして初めてのクリスマスでしょ。 そう口調は優しげだが、言いだしたら梃子でも動かないママのこと、もう俺には一滴も飲ませてくれなさそうだ。店の女の子の視線もすっかり針の筵、それでも居座ったら冷たい男と評判が下がるのは目に見えている。ここはおとなしく退散するか。まぁいいさ、次の店でまた飲みなおせばいいと俺はいつものように払いはツケにして店を出た。ドアを押し開けると冷たい風が頬を刺す。 「さーみぃっ」 思わずコートの襟を立て、猫背をさらに丸くする。クリスマスにあぶれた独り者で賑わっていた歌舞伎町界隈もすっかり人通りはまばらだ。ポケットに手を突っ込んで風を避けるようにして――足が向いたのは街の外側へだった。 帰り着いたアパートの、香の部屋の一晩中点いている豆電球の灯りは今夜は漏れていなかった。もう真夜中――俺にとってはまだ宵のうちだが――だというのに。その代わりに俺の部屋のリビングの灯りは煌煌とともったままだった。当然、主はいないというのに。自分の家だというのに気配を殺しながら階段を上ってしまうのは裏稼業の悪いクセ。そしていつものようにそっとドアを開けた。古い付き合いの白木のテーブルの上には、今まで見たこともない光景が広がっていた。 まず、中心に鎮座ましますのは生クリームにいちごが鮮やかなクリスマスケーキ――って、これ何号サイズだ?俺は食わねぇぞこんな甘いもん。 まるでデジャヴュだ。いや、いつ見た光景かは容易に思い出せる。 「――んんっ」 わずかな気配を察したのか、香が小さく身じろいだ。 「――サンタさん?」 なるほど、12月24日の真夜中の不法侵入者といえば、あの白髭の爺さんと相場は決まっている。だが、 「悪いが手ぶらだ」 さすがに目が覚めたらしい。ただでさえ大きな目をまん丸くして、さらに勢い余って白木のベンチから飛び上がった。 「か、帰ってきたならただいまぐらい言えよ!」 ようやく落ち着いたのか、眠い目をしばたかせながら香は立ち上がると、冷めてしまった料理を温めなおすべくあたふたと動き回った。 「それにしても香ちゃん、まーだサンタさんなんて信じてるんだぁ」 揚げたてからだいぶ時間が経ってもう食べ頃を逸してしまった唐揚げをレンジに入れると、ふぅっと大きく息をつき視線を伏せた。 「小さい頃――まだ小学校上がってすぐの頃、お父さんが死んでからは レンジ台に背中をもたれながら香は首を振った。 「気がついたら朝で、プレゼントが置いてあった。 涙こそ俯いて見せなかったが、声がかすかに泣きじゃくっていた。 ぎゅるぎゅるぎゅるぐ〜〜 「なんだよ、何も食べてなかったのかよ」 それに、ここまで目の前にご馳走がずらりと並んでいるのだ。たとえ満腹でも食欲を刺激されないわけがない。 「なぁ」 箸もフォークも手にすることなく、そのままポテトサラダに指を突っ込んだ。 「あっ、きったねー」 ほのかにジャガイモのほくほく感が残ったマッシュに絶妙のバランスで混ぜ込まれたマヨネーズ、やや甘めなのも槇村家の味だ。そしてなぜかキュウリやニンジンなどと一緒に入ったマカロニも。 家族と過ごすクリスマスは俺にとって夢のまた夢だった。あまりにも遠く、願うことすらしなかった。だが、今の俺にはこの夜を一緒に祝ってくれる『家族』がいる――ただの同居人だが、今夜ばかりはそう呼んだって罰は当たらないはずだ。 「撩、来年もまた作るから」 本当は出来たてが一番旨いのに、行ったっきり帰ってこないんだもんなぁと赤い目をして頬を膨らませる。もちろん香はいつか表の世界に帰してやらなければならない身だ、こんな夜がいつまでも続くことはない。だが今は―― 「あっ、そういえばシャンペン冷やしてあるんだ。飲むだろ?」 今だけは、このささやかな幸福を噛み締めたかった。家族で過ごす聖夜を。
というわけで2012-13イベント企画
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