やさぐれサンタのChristmas

今日はクリスマス・イヴ。1985年前に救い主様が生まれたという有難ーい夜だが、クリスチャンが1割にも満たないこの国では、大好きなどんちゃん騒ぎの言い訳に過ぎないようだ。

向こうでは家族で過ごすのがこの日の正しい祝い方だった。
湯気を立てるローストターキーと、それをずらりと取り囲むテーブルいっぱいのご馳走。暖炉ではぱちぱちと火花がはじける。その炎に明々と照らされるクリスマスツリーはプラスティックの偽物などではない、子供の視線では見上げるほどの本物の樅の木だ。その根元には翌朝、枕元に置かれていたプレゼントを持ち寄って積み重ねることだろう――もっとも、そんな絵に描いたようなクリスマスは俺には無縁のものだった。

一方、ここでは今夜は恋人たちのためにあるらしい。
雑誌は12月が近づけば、カノジョに贈りたい・カレから欲しいプレゼントが紙面を彩る(どうやらカノジョがカレに贈るプレゼントは無いようだ)。洒落たレストラン、夜景きらめくシティホテルはそのずっと前から予約を入れなければ押さえられない状況だ。ということは、西新宿に聳える高層ホテルでは今頃恋人たちが愛を深め合っていることだろう。
といっても物は言いよう、要はヤることヤってるわけだ。恋人同士だろうが出逢ったばかりの行きずりの相手でも、金で買った女でもすることは一緒。どうせ今夜の「恋人」だって、プレゼントで「買った」女と言えなくもない。

俺としてみればあっちでもこっちでも過ごし方に違いはない。夜の街でもっこりちゃんと戯れ、朝まで飲んで騒ぎ倒すだけだ。まぁ、多少はこっちの方がそんな不謹慎に対して風当たりはマシだろう。相棒はといえば俺に付き合うことはなく、妹の待つ家へと毎年いそいそと帰っていったが。翌日、プレゼントの代わりに昨夜のご馳走の残りを持って。
タッパーウェアに一緒に詰められた家族団欒の匂いに、胸の奥がつんと痛くなったものだった。判っているさ、あいつに悪気も、俺に無いもの、望んでも手に入れられないものを見せつけるつもりなど無いということは。
だが、そんな意地の悪いサンタクロースも今年はもうやってこない。

「――撩ちゃん、もう帰った方がいいんじゃないの?」

昨年まではこんな時間にそんな台詞を言われることはなかった。まだ25日になるかならないかというところ、ようやく折り返し地点という辺りだ。

「香ちゃんが待ってるんでしょ?」

昨年と今年のクリスマスの間に、俺の周囲は大きく変わった。
相棒だった槇村はユニオンの前に斃れ、その代わりにあいつの跳ねっかえりの妹(弟の間違いだろ?)が新しい相棒として転がり込んできた。といってもできるのは炊事洗濯程度のことだが、それでも甲斐甲斐しく、ときにハンマーを振りかざしながら俺の世話を焼き続けていた。
そんな中、ユニオンの脅威も去り、ヤクザの娘のボディーガードを務めたり、タコ坊主とやり合ったり冴子の依頼を引き受ける羽目になったりしている間にとうとう年の暮れだ。相変わらず香は俺のアパートに居座り続けているが、それだっていつまでいることやら。本来ここは彼女のような娘のいるべきところではないのだから。

「えーっ、ママそんな冷たいこと言わないでよぉ。ボトル入れちゃうからさぁ」

ここはあくまであいつにとって仮の居場所。たった一人の家族を失った心の痛みが癒え、新たな生き方を見つけたら旅立っていかなければならない場所。そのときが来たら笑って送り出してやろう――だから俺は香とは一定の距離を置いていた。あいつとはただの同居人――本人は『相棒』のつもりだが、所詮は何も知らない素人だ。「置いてやっている」に過ぎない。いくら一つ屋根の下に暮らしているとしても、『家族』ではないのだ。

「だーめ。あの娘、お兄さんを亡くして初めてのクリスマスでしょ。
一緒にいてあげなさいよ、せめて今からでも、ね」

そう口調は優しげだが、言いだしたら梃子でも動かないママのこと、もう俺には一滴も飲ませてくれなさそうだ。店の女の子の視線もすっかり針の筵、それでも居座ったら冷たい男と評判が下がるのは目に見えている。ここはおとなしく退散するか。まぁいいさ、次の店でまた飲みなおせばいいと俺はいつものように払いはツケにして店を出た。ドアを押し開けると冷たい風が頬を刺す。

「さーみぃっ」

思わずコートの襟を立て、猫背をさらに丸くする。クリスマスにあぶれた独り者で賑わっていた歌舞伎町界隈もすっかり人通りはまばらだ。ポケットに手を突っ込んで風を避けるようにして――足が向いたのは街の外側へだった。

帰り着いたアパートの、香の部屋の一晩中点いている豆電球の灯りは今夜は漏れていなかった。もう真夜中――俺にとってはまだ宵のうちだが――だというのに。その代わりに俺の部屋のリビングの灯りは煌煌とともったままだった。当然、主はいないというのに。自分の家だというのに気配を殺しながら階段を上ってしまうのは裏稼業の悪いクセ。そしていつものようにそっとドアを開けた。古い付き合いの白木のテーブルの上には、今まで見たこともない光景が広がっていた。

まず、中心に鎮座ましますのは生クリームにいちごが鮮やかなクリスマスケーキ――って、これ何号サイズだ?俺は食わねぇぞこんな甘いもん。
その傍らには七面鳥ならぬ、あいつお得意の唐揚げが山のように盛られていた。香が作ったものの中で、初めて俺が褒めたものだ。といってもあいつの料理はたいてい旨く、たまたまタイミングの問題だったのだが、それからせっせと事あるごとにその腕前を披露したものだった。
そして同じく山盛りのサラダ等々、これでもかというほどのご馳走があの広いテーブルを狭しとするほどずらりと並んでいた。中には――おいおい、クリスマスに寿司かよ。それが日本の風習なのか、それとも槇村家だけの習慣なのか。
そして、その隙間に顔を突っ伏して眠る香の無防備な背中。

まるでデジャヴュだ。いや、いつ見た光景かは容易に思い出せる。
それは紛れもなく9ヶ月前の再現だった。場所が兄妹が住んでいた部屋から俺のアパートに変わっただけのこと。そう感じたのは決して俺だけではないはずだ。
豪勢なテーブルを目の前にして、いや、だからこそ香の孤独と不安は尽きなかったはずだ。俺がこのまま帰ってこないんじゃないかと。本当はただだらしなく夜の街で遊び歩いているだけなのに。

「――んんっ」

わずかな気配を察したのか、香が小さく身じろいだ。
些細な変化に情けなくも、内心あたふたとたじろいでしまう自分がいた。
当然、さっきまで眠りこけていたあいつは未だ寝ぼけているようだった。

「――サンタさん?」

なるほど、12月24日の真夜中の不法侵入者といえば、あの白髭の爺さんと相場は決まっている。だが、

「悪いが手ぶらだ」
「リョオ!?」

さすがに目が覚めたらしい。ただでさえ大きな目をまん丸くして、さらに勢い余って白木のベンチから飛び上がった。

「か、帰ってきたならただいまぐらい言えよ!」
「だったらまずお前から言えよ。『おかえり』は?」
「あ……うん、おかえりなさい」

ようやく落ち着いたのか、眠い目をしばたかせながら香は立ち上がると、冷めてしまった料理を温めなおすべくあたふたと動き回った。

「それにしても香ちゃん、まーだサンタさんなんて信じてるんだぁ」
「そっ――んなわけねーだろ!ただ……」
「ただ……?」
「昔の夢、見たんだよね」

揚げたてからだいぶ時間が経ってもう食べ頃を逸してしまった唐揚げをレンジに入れると、ふぅっと大きく息をつき視線を伏せた。

「小さい頃――まだ小学校上がってすぐの頃、お父さんが死んでからは
アニキがサンタさんやってたんだ。夜、オレが寝静まってから
枕元にプレゼントを置いてさ。でもサンタの正体が知りたくって
来るまでずっと起きようと思ってたんだ」
「で?」

レンジ台に背中をもたれながら香は首を振った。

「気がついたら朝で、プレゼントが置いてあった。
でもさ、すっごいリアルな夢だったんだぜ。
部屋に入ってきたのがアニキかと思うくらい――」

涙こそ俯いて見せなかったが、声がかすかに泣きじゃくっていた。
それもそうだろう。ここまでテーブルいっぱいの、まさに家族団欒を絵に描いたようなご馳走を作りながら、ありし日の家族の姿を思い出さずにはいられなかっただろう。それを最後に作った夜が永遠の別れとなってしまったのであればなおさら。
そんな身を裂かれるような哀しみと孤独をたった一人で抱えていたのだ――何とかしてやりたいと思った。俺にできることであれば何でも。
それはただの「同居人」に寄せる憐憫ではないだろう。だが、訳あってこうして一つ屋根の下に暮らすことになったのだ。こんな寒い夜に身を寄せ合うくらいはいいだろう。そう、手を伸ばそうとしたとき――

ぎゅるぎゅるぎゅるぐ〜〜

「なんだよ、何も食べてなかったのかよ」
「しょうがねぇだろ、飲むだけだったんだから」

それに、ここまで目の前にご馳走がずらりと並んでいるのだ。たとえ満腹でも食欲を刺激されないわけがない。

「なぁ」
「ん?」
「食って、いいか?」
「……いい、けど」

箸もフォークも手にすることなく、そのままポテトサラダに指を突っ込んだ。

「あっ、きったねー」

ほのかにジャガイモのほくほく感が残ったマッシュに絶妙のバランスで混ぜ込まれたマヨネーズ、やや甘めなのも槇村家の味だ。そしてなぜかキュウリやニンジンなどと一緒に入ったマカロニも。
それはまさしく毎年クリスマスの朝に槇村から差し入れられたものだった。俺には望んでも決して手の届かない家庭の味。それが今、俺の前に所狭しとひしめいている。俺のために、というのは自惚れだろうか。

家族と過ごすクリスマスは俺にとって夢のまた夢だった。あまりにも遠く、願うことすらしなかった。だが、今の俺にはこの夜を一緒に祝ってくれる『家族』がいる――ただの同居人だが、今夜ばかりはそう呼んだって罰は当たらないはずだ。

「撩、来年もまた作るから」

本当は出来たてが一番旨いのに、行ったっきり帰ってこないんだもんなぁと赤い目をして頬を膨らませる。もちろん香はいつか表の世界に帰してやらなければならない身だ、こんな夜がいつまでも続くことはない。だが今は――

「あっ、そういえばシャンペン冷やしてあるんだ。飲むだろ?」
「かおりぃ、レンジチンって鳴ったぞ」

今だけは、このささやかな幸福を噛み締めたかった。家族で過ごす聖夜を。

というわけで2012-13イベント企画
『二人で過ごす初めての冬(仮)』第1弾でございます。
原作を読み返すとこの当時の香の扱いはパセリそのもの【泣】
撩もまだ彼女のことを、口うるさいただの居候としか
思っていなくてもおかしくはないのかも……
でも、そんな二人がひと冬を通じて、まずは『家族』に
なっていくさまを描ければいいなと思っております。
それではみなさま、Happy Holidays!


City Hunter