step on, step forward



師が走ると書いて師走と読むが、12月がここまで慌ただしいのは世界広しといえども日本くらいだろう。
クリスマスが終われば残り6日で新年を迎えるための準備をしなくてはいけないのだから。
]欧米では『クリスマス休暇』という名が表わすとおり、正月はあくまで添え物。
厳格に祝うとするなら、シェイクスピアの芝居で有名な『十二夜』のように
クリスマス関係の行事でも新年をまたいだものもあるくらいだ。
だからクリスマスも正月も全力で祝うというのはおそらくこの国くらいではないだろうか。

そんなわけで、パーティの余韻も冷めやらぬまま、ここサエバアパートも新年の準備に追われていた。
大掃除一つとっても、アパートとはいえ最上部の2フロアまるまるのペントハウスが妹一家の居住スペースだ。
しかも1階のガレージや地下の射撃場など管理スペースが他にもある上
大家兼管理人の責任とばかりに彼女は空き室すべてのすす払いもやると言っていた。
一方、姉の私はというと「お客さまなんだから」とリビングに軟禁状態だ。
それでも、根がワーカホリックで休み慣れておらず、しかも名乗れぬ仲とはいえ妹が走り回っているさなかに安穏としていられないと
とりあえず彼女からは「子守り」という大義名分を押しつけられていた。
なのでこうして姪にお土産の英語の絵本(セサミストリートがお気に入りらしい)を対訳付きで読み聞かせているのだけれど――
『大きい子供』のお守りまでは含まれているのかしら。

義弟――冴羽さんはというと、いかがわしい雑誌こそ広げていないもののいつものよれよれのTシャツ姿で
ソファの上に仰向けになってうつらうつらと居眠りを決め込んでいた。
香が一人で大掃除だ買い出しだと忙しく走り回っている中、彼はろくに手伝おうとせずにこの有り様だ。
ここは一つ義姉としてがつんと言ってやろうか――いや、所詮は「種馬の耳に念仏」。
それよりは香から言ってもらった方が彼にとってきついお灸になるだろう。だが、その肝心の妹が捕まらないのだ。

「ただいまー。年賀状出すのギリギリになっちゃった」

今年もけっこう枚数があったから、と少しだけ悪びれながら、頬を真っ赤にして香は帰ってきた。
マフラーを外してコートを脱ぐなり、さてと、今日こそ大掃除を始めないと、と呟きながら。
セーターの上に今度はかっぽう着をはおり、髪も本格的にバンダナでまとめるなど
てきぱきと身支度をするパートナーを横目に惰眠を貪る冴羽さんに私はとうとう業を煮やし、香に直談判した。

「香さん、もしかしていつも家事とか自分一人でやってるの?」
「うーん、たいていそうかな」
「依頼があったときも?」
「まぁ、そうね」
「でも、そのときは香さんも冴羽さんと一緒に仕事してるわけでしょ?
どっちも同じ時間に帰ってきて、それで冴羽さんはソファにひっくりかえって
香さん一人が夕飯の支度?ありえない、ナンセンスよ!」

だけど、同じ時間でも撩の方が周囲に神経尖らしたり、そういう意味で疲れているからと彼女はパートナーの肩を持つけど
今の香の力量からしてそれほど単純な仕事を任されているとは思えない。
よって彼女の精神的疲労もそれなりのはずだ。だから50:50にしろとは言わない
せめて互いに余力に見合った形で家事を分担するべきなのだ。

そもそも、私はこういう男が大嫌いなのだ。
生活能力の欠片も無い男、今まで親元を離れたことのない男は特にそう。
もちろん私は結婚したとしても仕事を辞めるつもりはない。
だけど、男は仕事だけしていればよくて、女は仕事も家事も両方だなんてあまりにも不公平すぎる。
女手一つで私を育ててくれた母の背中を見続けてきたから、なおさらそう思える。
でも、そんなことばっかり言ってるから結婚できないのよ、なんて友人にはよく言われるのだけど、こればかりは私も譲れない。

「だけど、撩には撩の仕事だってあるのよ」
「例えば?」
「銃の手入れに、刃物研ぎに、車はあたしのフィアットだってやってくれてるでしょ。
それと―― 一番はあたしを守ってくれることかな,、それとこの子のこと」
「香!」

思わず『本当の姉』のような口調になってしまう。だってそうだ、この子は全然判っていないのだ。
彼女はもう一方的に冴羽さんに庇護してもらうだけの存在ではない。
香の存在が彼にとってどれほど大きいものか、たとえ戦いの場では未だに非力なだけであったとしても。
香もまた、別の次元で冴羽さんのことを守っている。二人の関係はもはや対等といっても過言ではないはずだ。
だから、彼女には『シティーハンターのパートナー』から一歩を踏み出してほしい――
ああ、私はきっと徹頭徹尾「立木さゆり」でいたいだけなのだ。
女はとかく家庭に入ると自分の名前を失ってしまう、「誰それさんの奥さん」然り、「誰それちゃんのママ」然り。
自分の生き方を人に押しつける愚は百も承知だ。それでも願わずにはいられなかった、
妹が誰かのためでなく、自分のための人生を生きることを。

心優しい妹はもうこれ以上姉の心を掻き乱したくないと言わんばかりに
眉をひそめて視線をそらすと、ソファの上のパートナーに声をかけた。

「撩、手伝ってくれる?」
「手伝うって」
「決まってるでしょ、まずは天井のすす払いと家じゅうの蛍光灯の交換。
まず高いところの埃を落とさないとお掃除が始まらないのよ」

その声はあくまで毅然としていた。
褒めておだてて、宥めすかして事に当たらせるのではなく適材適所、己の持ち場所として。
確かに長身の彼なら天井の埃も難なく落とせるだろう。

「ちゃんと汚れてもいいTシャツ着てきた?」

そう言いながら香はタオルを彼に手渡す。そのタオルを冴羽さんはさも当然とばかりに頭に巻きつけた。
よく見ればジーンズも洗濯を重ねてむらになりながら色落ちしたものだ。ところどころが擦れかけている。

「ひでぇだろ、さゆりさん。この女、男のことを踏み台代わりにするんだぜ」

とおどけながらも無言実行の態度に少しだけ安心すると、立ち去り間際に彼女に聞こえないよう私の耳元で囁いた。

「俺は年賀状、一枚も出してねぇよ

つまり、彼女がさっき出してきた結構な枚数の賀状は、総て差出人の名前は「槇村香」のものだ。
もちろんそのほとんどは彼の繋がりから縁を得た人たちだろう。
だけれど、彼女はそのネットワークをも自分のものにしてこの世界に根を下ろしているのだ。
今の香だったら『シティーハンターのパートナー』という肩書なしでも動くことができるだろう。
それは一流のスイーパー・シティーハンターとは違った仕事になるに違いない。
でもきっと彼女は誰かのサポートではなく自分の力量で、自分の判断で動けるはずだ。
もちろんその肩書は最後の切り札になりえるのだろうが、それも含めて香の持ち札なのだから。

「じゃあ、さゆりさんはひかりのことお願いね」

そう言って、洗剤の入ったバケツを下げながら部屋を出る妹と、その後ろに続く義弟の後ろ姿をどこか頼もしく眺めていた。
彼を文字どおり『踏み台』にしてそのパートナーとして、この世界で生きる一人の人間として前へと進んでいく彼女の後ろ姿を。


さゆり姉さんの年末年始日本滞在記・第2弾です。
すっかり遅くなってしまいました【苦笑】
撩ってたまにごちそう作ったりしますけど、基本的に家事はしなさそうですよね
香ちゃんが率先してやってしまいそうで。
自分から撩がやってくれるのも嬉しいものですが
たまには香も手伝わない撩を叱り飛ばしてやってください、
決してそれは香一人の仕事じゃないんですから。

ということで、2011年はすっかり更新も滞りがちで申し訳ありませんでした。
こんな半人前ではありますが、2012年もどうぞご贔屓にm(_ _)m

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