a Night in the Summer

真夏の都心とは、同じ都内とは思えない涼しさだった。

「うわぁ、空気もきれいー」
「ゆっくりしてってね、香さん」
「渋滞に巻き込まれたときはどうなるかと思ったけど――」

人が多少は減って過ごしやすくなる新宿を抜け出し
わざわざ帰省ラッシュに巻き込まれながらやってきたのは
海坊主さんの奥多摩の別荘、というかアジトというか。
何でこんなところに来たかというと――

「Whew!確かにここならテレスコープも要らないな」
「その天体望遠鏡で空なんか見たことあったかしら」
「夜空を見上げながらってシーンもいいわよね。
うーん、イメージ湧くなぁ♪」
「――おい、かすみちゃんはともかく
ミックに麗香に唯香まで、なんでここにいるんだよ」
「あら、いいじゃない。せっかくのペルセウス座流星群なんだから
都会のど真ん中じゃ見えないでしょ?」

とホステス役の美樹さんはすっかり乗り気で
バーベキュー用のコンロのセッティングを始めていた。

「だいたい、こんなに大人数で押しかけて全員泊まりきれるのか?」
「みんなで雑魚寝ってのも楽しそうよね、合宿みたいで」
「いーですよねー、麗香さん^^」
「だーっ、俺は嫌だぞ!タコ坊主と雑魚寝なんざ」

渋滞のせいで、いくら昼の長い夏とはいえ周囲は夜の帳が落ち始めていた。

「あれ、どの辺かなぁ」

かすみちゃんや麗香さんがいいとこを見せようと
率先して美樹さんの手伝いに取り掛かる中、
唯香ちゃんは学校から貰ったであろう星座盤を片手に薄闇の空を見上げていた。

「どれどれ、北が向こうでしょ。あのWがカシオペアで
あの線の延長上にあるのがペルセウス座だから
ちょうどあのあたりから降ってくるのよね」
「詳しいんですねー、香さん」
「へへっ、アニキの受け売りなんだけどね」

そう、いつかアニキに連れてきてもらったのだ、新宿の光の喧騒を離れて。
でも、毎年8月の半ばに降り注ぐ流星雨で思い出すのはあの夏じゃなかった。

――初めてのアニキのいない夏、世間でいうところの新盆という季節。
でも、そんな事実さえまだどこか受け入れられず
それらしいことは何一つしないまま
あたしは真夜中、アパートの屋上に佇んでいた。

泣きながら見上げた夜空からは夥しい星が降ってくるのが
そのときは都心のど真ん中からも見えたのだ。
それは、想い出の夏を思い起こさせるものと同時に

――アニキが帰ってきたんだ。

その星のどれかに乗ってこっちに来てくれたかと思えた。
だけど、それはもうアニキはあたしたちの傍にはいないということ。
そんな胸の痛みも都会の星空が包み込んでくれるような気がした。

「――あれ?」

そういえば一人、ここにいるべき人がいないことに気がついた。

「冴子さんは?」
「ああ、姉さんは欠席」

と麗香さんが目に涙を浮かべながら――といっても
バーベキュー用のたまねぎを切っているだけだけど――答えた。

「そっか。忙しいもんねぇ刑事さんは」
「ううん、さすがにお盆だから休みはとれたんだけど……」


――今年もペルセウス座流星群は見えないだろう
こんな都会の真ん中では。
でも、それでいい。そうすれば思い出さなくて済む。

部屋の片隅に飾られた写真の中
彼はいつものように控えめな笑みを浮かべていた。
ずっとあの頃のままだ、私の中の槇村は。
物静かで穏やかで、でも実は誰より真っ直ぐで
ときどき、はっとするほど強引で――そう、あの夏の夜もだった。

世間ではお盆休みだというのに私たちはあの夜
容疑者の足取りを追ってとある海辺の町まで向かった。
その帰り道のこと。
突然、槇村が海岸で車を停めた。

「ちょ、ちょっと何するのよ!」

まさかこの男はその悪友のような不埒な行為に及ぶまいとは思ったけれど、

「確か今日の今頃だったよな」
「えっ?」
「ペルセウス座流星群の極大、つまりピークは」

と言うと覆面パトカーの運転席のドアを開け人気のない砂浜へと降り立った。
確かにその頭上には、都会では見ることのできない星空が満天に輝いていた。

「ほら」

助手席から降りると、彼の指差した方角から星々が雨のように降り注いでいた。

「凄い……こんなに落ちてくるものなの」
「ああ、野上は東京生まれの東京育ちだから
ここまできれいなのは見たことないよな」

と自分も生まれも育ちも東京なのを棚に上げてつぶやく。

「俺も何度か、香を連れて見に行ったことがあるんだが」

そして、事あるごとに妹の名前が出てくるのもどこか納得がいかなかったけれど
それでも、いまこうして流星雨を見上げているのは私と槇村だけ
今はただの同僚に過ぎなくても――

でも、そうやって真夏の星空を眺めたのはそれが最初で最後だった。
次の夏にはもう槇村は警察を辞め、そして私たちの前から永久に去ってしまった。
そのときから星を見るのが苦しくなった、隣にいるべき人がいないのを嫌というほど思い知らされるから。
だけど、またいつか夜空に輝く流星群を見られるようになるかしら
彼が愛した夏の星空を――


「――そう、じゃあ無理して来てもらうことないわよね」

大切な人を失った哀しみはあたしも同じ
そのきれいすぎる想い出がときに胸を刺すことも。

「大丈夫、きっと戻れる夏が来る
あいつが好きだった夏の夜空に――
冴子はそんな弱い女じゃないさ」
「誰が弱い女ですって?」

彼女はやってきた、真っ赤なポルシェのけたたましいエンジン音とともに
――山道で下、こすらなかったかな。

「あっ、始まったみたいよ」

すっかり周囲は闇に包まれていた。
どうやら冴子さんは流星群も一緒に引き連れてきたようだ。

「きれい――あのときと同じ」

まだ降り始めの小雨程度の流星雨だけど
あたしの脳裏にアニキのいた夏、いない夏が駆け回るのと同じように
冴子さんの中にもいつかの夏の記憶が蘇っているのだろう。
でも、その横顔にはもう涙は見えなかった。


Forever, Shooting Star!

featuring TUBE『a Day in the Summer〜想い出は笑顔のまま〜

今年はやるまいとは思っていましたが、結局やってしまいました
毎年恒例、TUBE迎夏シングルでの暑中見舞い
今回は残暑見舞いになってしまいましたけどね。
歌詞を読んでいただければお判りだと思いますが
本来の意図とはかなりかけ離れたものとはなっています。
でも店主にとってこの曲で思い出されるのは
どうしても個人的なことになってしまいますから
――まだ自分は「想い出の星空」を見上げる気にはなれませんが。

それでは、お暑い日がまだまだ続きますが体調にはどうかお気をつけて


City Hunter