My Home Village

田舎のある人が昔から羨ましかった。
子供の頃、夏休み冬休みのたびにあたしの住む団地から子供の声が消えた。
みんなが帰省している間、あたしとアニキは二人東京に取り残され、いつもとさして変わらない毎日を過ごしていた。そして新学期が始まって、帰ってきた同級生の語るごくありふれた、でもあたしには手の届かない冒険譚を聞くたびに、胸の中に毒のようなものが沈澱していくことに気がついた。
いつしか、お盆や正月の帰省ラッシュを上から目線で眺めていた。
あーあ、わざわざご苦労様、まぁあたしにはそんな苦労は関係ないけどね、と。
それはあたしにとって防衛本能だったのかもしれない。帰る場所のない根無し草の孤独から目をそらすための。

「ねぇ、さっさと帰ろうよ」

こんな場所、居心地が悪かった。それは撩も同じはずだ。でも、

「これから帰ったらUターンラッシュに思い切りかち合うぞ」

それもそれで嫌だった。何であたしがあんな車の列の中に連ならなければならないのか。それも、遊びに行ったわけではなく仕事の帰りだというのに。

わざわざ年末年始をこんな山の中の小さな村で過ごしたのは、もちろん依頼があったからだ。その依頼主は冴子さん、ある事件の重要参考人が行方不明になっていて、それを捜してほしいとのことだった。容疑者だったら指名手配して警察がおおっぴらに捜せるが、ただの参考人ではそうはいかない。しかも事は隠密に運ばなければならないとのことで、シティーハンターに白羽の矢が立ったのだ。
彼が故郷の村に身を隠しているのではという見当はすぐについた。小さな村だし、さっさと捜し出して東京に連れ帰れば家でゆっくり正月が過ごせる、はずだった。でも捜索は難航を極めた。あたしたちの前に立ちはだかったのが、村独特の閉鎖性。それはそうだ、反社会的行為に手を染めているとはいえ「新宅のケンちゃん」と、東京から来た見ず知らずの人間と、どちらが信用できるだろうか。

村中が彼を匿おうとしていた。それだけならいい。
いたるところに相互監視の目が張り巡らされていた。
一度は協力的な態度をとろうとした人も、次に会ったときはよそよそしい態度になっていた。そして、誰かの視線を始終気にしているかのようだった。
周囲と同じように振舞わなければならないという強烈な同調圧力。それから外れようとした者には厳しい制裁が科せられる。民宿も無い村であたしたちの世話をしてくれた独り暮らしのおばあさんもほとんど村八分のような目に遭っていた。
それは、あたしが一番嫌だったもの、同じようになりたくても同じようになれない身としては。それは、撩も同じはず。

だからあたしは、一刻も早くここを出ていきたかった。依頼はもう片づいたのだから。でも、

「ああ、そういえば今日は神社でお神楽があるんだけんちも」

そうおばあさんが、家から引き払おうとするあたしたちに教えてくれたのだ。
これといって観光資源のあるわけではない(だからこそ余所者には不慣れな)村にとって、数少ない名物のようだ。

「せっかくだから見ていこうぜ。つまらなくても時間稼ぎにはなるだろうし」

と、撩にしては珍しく教えてもらった神社へとハンドルを切った。
案外あいつもただ渋滞にはまりたくないだけなのかもしれない。
だが、さすがは雪のモンテカルロラリーを制しただけのことはある。折からの年末寒波の襲来の雪道をクーパーはぐいぐいと進んでいった。

すでに神楽殿では奉納神楽が始まっていた。
そういうものに縁のないあたしはもう少し厳かなものを想像していた。けれど、奏でられている楽の音は聞き慣れたお祭りのお囃子とさほど変わりがないように思えた。そして、舞台の上で演じられているのは、どうやら恵比寿様らしいお面を付けた神様の舞いだった――いや、舞いというには少々俗っぽいかもしれない。
というのも恵比寿様(なのかしら)は舞台からその下に、つまりあたしたちの方に向かって釣り糸を垂らしているのだから。まるで魚が掛かっているかのようにびくびくと竿を動かす仕草に観客から笑い声がおきた。
あたしたちは、そんな村人たちの表情を見たことがなかった。
彼らはいつもあたしたちに冷たい視線を向けていた。村の平穏を乱す余所者を追い返そうとした。自分たちだけで結束をがっちりと固め、その中には誰ひとりとして立ち入ることを許さなかった。そんな彼らが純朴そうな笑顔を見せていた――
彼が犯罪の道に進んでしまったのは都会のせいだったとは、そこに住む人間として思いたくはなかった。だが、きっと彼もまたこの村では、同じように素朴な表情をしていたに違いなかった。そして――
村人たちと、彼らに拒まれ続けたあたしたちが、いつの間にか同じものを見て笑っていた。釣り上げた糸の先に鯛(の模型)が掛かっていたときには一緒に歓声を上げていた。しかも、撩ときたら隣にいたおじさんからコップ酒を貰っていた。無駄に高すぎる肩を懸命に組もうとされながら。

――思わず何かが込み上げてきた。理屈では説明できないもの……これが郷愁っていうのだろうか、決してあたしが経験し得ないだろうと思っていた。
気がついたらあたしは、またここに来たいと思っていた。あんなにも早く出ていきたいと思っていたのに。

「なぁ香、もう長距離ドライブは無理だな」

と酒臭い息を吐きながら撩が言った。

「でさ、あのおっさんが言うには近所に温泉が出来たんだってさ。
せっかくだからそこで一泊していかね?」

そうか、それまで観光客も来なかった村に観光の目玉が出来たのか。
これで、少しでもよその人たちと接することでこの村も少しずつ変わっていくだろう。ここの良さを残しながら。

観客の人込みを離れて周囲を見回す。
あたしの故郷はコンクリートの箱に囲まれた都会の団地、それは今も変わりはない。でも、雪をかぶった山々とそのふもとに広がる段々畑に言いようのない懐かしさを感じていた。これがあたしたちにとっての原風景なのだろうか。そして、それは撩も同じなのだろうか?

この山の中の、これといって何もない小さな村が、あたしにとっての心の故郷になった。

20,000hitキリリク兼イベントネタ第2弾として、Emotionさまから
「遠出の仕事帰りに年越し神楽を見る二人(ついでに温泉宿でご一泊)」
とのリクを頂きました……あ、年越しじゃねぇ【苦笑】
とはいえ、お神楽にはさほど詳しくなく
しかも二人の行動範囲であろう東日本は
山陰や九州ほどの神楽どころではなさそうなので
ちょいとグーグル先生にお尋ねしてみたところ――
なんと、母の実家(年末年始に帰省した先)で結構盛んな様子【爆】
まさかびっくり。できれば取材に行きたかったんですけどねぇ。
なので、舞台は思いっきりその辺の風景&言葉にしてみました。

ということでEmotionさま、こんなんでよろしかったでしょうか?
これからもHard-Luck Cafeをどうぞご贔屓に。


City Hunter