memento Christmas


いったい、こんなクリスマスの過ごし方をいつ誰が予想できただろうか。
向こうでは家族で過ごす日とはいえ、12月24日の21時過ぎの夜道を姪っ子を背負った義弟と歩いているだなんて。

「いいのかしら」
「別にかまわないさ。さゆりさんはお客さまだ。そのお客さまに手伝いなんてさせられないさ」

それに、香だって実質ホスト側みたいなもんさ、料理持ち込んだりあっちの厨房で作ったりしてたんだからな、
と彼は肩からずり下がりかけた娘を背負いなおした。
確かに、この子の母親は喫茶店の女主人らとともに今はパーティの後片付けの真っ最中だ。
でも、私の言いたかったのはそのことじゃなかった。

「せっかくのイヴの夜に邪魔しちゃ悪いんじゃないかしら」

すると彼は立ち止まって目をまん丸くすると上から私の顔を覗き込んだ
あのとき、「責任とってくれるんでしょうね?」と詰め寄られたときのように。

「――そんなことしてみろよ。そしたら俺、春までお預けだぜ?」

それに今日、今から飛び込みで泊まれるホテルなんて無いんじゃねぇのと言われてしまった。
確かにそのとおりだ、いくらバブルがはじけて久しいとはいえ
今夜はどこも恋人たちの予約でいっぱいだろう。もっとも、その中にはキャンセルも無きにしも非ずだろうけど。

米国ウィークリーニュース本誌の編集デスクという重職にはクリスマスも新年もない。
だけれど、数年ぶりにまとめて取れた休暇をどこでどう過ごすか考えたときに
真っ先に思いついたのが妹の住むこの街だった。
ずっと前から遊びに来てと言われながらも、生まれた姪の顔すら見るのもままならなかった。
だとしたらあっちから来てもらえればいいのかもしれないが、そんな余裕は彼女たちのところには無いし
飛行機嫌いの彼は当然留守番となってしまう。
それに、日本を離れてはや幾年、そろそろ日本式の年末年始が恋しくなってきた頃だった。

「で、楽しんでいただけましたか?俺たちのクリスマスイヴは」

この日は毎年Cat's Eyeに集まって盛大に祝うのが彼らにとっての恒例行事だそうだ。その凝りようには私も驚いた。
店の戸口にはリース、最近こっちでも珍しくなくなったというイルミネーションは1ブロック以上先からでも判るくらいだ。
店の中には本物の樅の木のクリスマスツリー。その足元にはアメリカのホームドラマのように
持ち寄られたプレゼントが高く積み上げられている。テーブルに並ぶ手作りのご馳走の中にはローストターキーも。
これはおそらく我がウィークリーニュースの同僚のレシピだろう。
そして、一番驚いたのは、そこにいるほとんどが裏の世界ではワールドワイドに知られた面々だということだった。

「まさか彼がサンタの格好をしてくるとはねぇ」

我が社の日本語版編集部が誇るエースが、自慢の金髪を真っ白な鬘と付け髭で隠して
ホゥホゥホゥと笑いながら背負った白い袋からプレゼントを子供たちに手渡していたのだ。

「あれって、今年わたしが来たから?」
「いーや、子供たちが生まれてからは毎年さ」

私の中で、彼らに対するイメージが歪みはじめる。
殺し屋たちもまた、クリスマスを楽しむのだろうか。そして、あんなふうに無邪気に笑うのだろうか。
そのとき、彼――冴羽さんが呟くように言った。

「Carpe diem、っていうだろ?」

カルペ・ディエム――短大卒とはいえ英文科卒の、しかも現役の米国ウィークリーニュース誌の編集者の私が
いくらラテン語とはいえこの言葉を知らないはずがない。
直訳すれば「今をつかめ」、つまり今この瞬間を楽しもうという意味だ。

「もちろんさゆりさんだったら、これとワンセットになっている言葉は知ってるよな」

――Memento mori、死を思え。
かつての死が今よりずっと身近だった時代の警句だ。
だが今、死というものは巧妙に覆い尽くされて日常の私たちの目に届かない場所に行ってしまった。
そして、どこかで自分は死なないのではないかとすら錯覚するようにもなっていた。
けど彼らは違う。
彼らの住む世界はかつての私たち同様、いやそれ以上に死と隣り合わせの世界だ。
だからこそ彼らは儚い生を全力で楽しむ。
きっと義弟たちの眼には平和なこの一瞬のきらめきが私たちが感じる以上に眩しく映るのだろう。
Nunc est bibendum, nunc pede libero pulsanda tellus――今は飲むときだ、今は気ままに踊るときだ。

「まぁ、昔は純粋にそれだけだったけどな」

と冴羽さんは背中の娘の顔を覗き込んだ。
ひかりちゃんはすっかりはしゃぎ疲れて、今はこの寒空の下、父親の背中の上で
安心しきったような寝顔を浮かべていた。
確かに、豪快にグラスを空けながらも時折、ゲームに興じる子供たちを見つめる彼の眼差しが
強く印象に残っていた。いや、彼だけじゃない。
サンタミックや海坊主さん、槇村のお義兄さん、そして香ら母親たちも嬉しそうに
そしてどこか切なげに子供たちの横顔を見守っていた。

「少しでも一緒の時間を、楽しい記憶を刻み付けてやらねぇとな。
俺たちがいなくなった後、ろくでもねぇ想い出ばかりって恨まれたら、こっちも死んでも死にきれねぇよ」
「冴羽さん、まさか――」
「まぁ、こいつらが自分の身を自分で守れるようになるくらいまでは生きようと思ってるさ。
だがな、そうは思ってても思いどおりにいかないのがこの商売の辛いところよ」

そう言いながら彼は立ち止まると、もう一度ひかりを背負いなおす。あの子はそれでも目を覚まそうとはしない。
こんな無邪気な、あどけない寝顔の少女が一人取り遺されてしまうなんて――
伯母として自分のできることは総てしてやりたかった。

「安心してくれ、さゆりさん。大丈夫、何かあっても俺たち全員がくたばっちまうようなことはまずないだろうからさ」

そのためのクリスマスパーティなんだぜ、と冴羽さんは私に笑ってみせた。

「あいつらにとっちゃ俺たち全員が親みたいなもんだ。
だから何かあったときは生き残ったやつが面倒を見てやるのは当然のことだよ。
伊達に家族ぐるみの付き合いはしてないさ」

まぁ、二親とも健在だっていうのに秀弥の面倒はしょっちゅう見させられてるがね、と苦笑いを浮かべる。
でも私は、そんな彼の言葉に今一つ現実味が持てなかった。

「確かに、母親やその親族に育てられたさゆりさんにはいまいちぴんと来ないかもしれないな。
でも俺も香も血のつながらない家族のもとで育った。その家族のことを今でも本当の家族と思っている。
心配ないさ。たとえ赤の他人でも心がつながってさえいれば家族になれる、こいつたちも真っ直ぐ大人になってくれる」

そう穏やかな、どこか切なげな眼で背中の寝顔を覗き込んだ。
ジャーナリストとして、決してそうは言いきれない例も数多く目にしてきた。
だからもし彼と妹に何かがあったときはこの子を引き取ってあげないと、とすら思った。
冴羽さんの言葉を無条件に信じることは私にはできない。
でもパーティでの彼らの姿を見て、彼らにだったら大切な姪を託してもいいとも思えた。
子供のいない私にとってもひかりは大切な宝物なのだから。

「――さゆりさーん、りょおー、お待たせー!」

振り返ると息せき切って香さんが駆けてきた。
パーティの後片付けを済ませて急いで追いかけてきたらしい。
吐く息は白いものの、鼻の頭にはじんわりと汗が浮かんでいる。

「ひかりはまだ寝てる?」
「ああ、この様子じゃ家に着くまで起きないだろうな」

するとちょんちょんとそれを確かめるように娘の頬に軽く触れる。そして私に向き直ると、

「さゆりさん、まだ飲み足りないっていうんだったら付き合うわよ。といってもうちでだけど」
「おまぁ、まだ飲み足りねぇのかよ」
「さんざん飲んでたあんたとは違ってこっちは手伝いもあったからほどほどにしといたの。
あ、撩はひかりの面倒よろしくね」
「あっ、てめ」
「女同士数年分の積もる話もあるもんねぇ」
「ブッカーズだけは飲むんじゃねぇぞ!」

そんな二人に死の影など見当たらない。だが、二人の笑顔が暗い夜道でもキラキラと輝いているのは、
やはりそこにいつか来る『終わり』を感じているからかもしれない、それは明日訪れるものかもしれないと。

クリスマスはもともと冬至の祭り、昼が最も短くなる夜に一陽来復を祈ったものだという。
私はクリスチャンではないけれども、祈らずにはいられなかった。
彼女たちの明日が今日よりも明るく暖かいものであることを、
そして一家が再び幸福なクリスマスを迎えられることを。


今年の年末年始はさゆりさんの里帰り編でお送りしたいと思います。
とはいえ、初っ端から明るくない話で申し訳ありませんm(_ _)m
家族サービスとかあんまりできないであろう冴羽家ですが
クリスマスとか七五三とかのイベントごとは大好きです。
そういった楽しい想い出が将来、子供たちを支えてくれるということを
撩も香も身をもって知っていますから。
皆さまにも、どうか記憶に残るクリスマスをv
Merry Chirstmas!


City Hunter