サンタクロースの相棒

――やっぱり来るんじゃなかった。

Cat's Eyeでの井戸端会議が押してしまい、伝言板を見に来る時間が遅くなってしまったのを秘かに後悔した。就業時間も終わったところで、駅全体が巨大な待ち合わせスポットと化していた。
恋人と落ち合えたカップルは腕を組みながら、人込みですら距離を縮める絶好のチャンスとばかりに肩寄せ歩く。これから西新宿の夜景がきれいなレストランでディナーだろうか。改札の前で待っている娘も、これから始まるロマンティックな夜に期待を膨らませているのか、幸福そうな表情を浮かべている。
そしてあたしは独り――ああ、もう少し早く出てくればよかった。
Cat'sでの他愛もない会話は淋しさを紛らわせてくれるから、ついつい夢中になってしまう。アパートでいくら待っても撩は帰ってこないから。

クリスマス直前の伝言板に書き込まれたXYZ、それがそもそもの発端だった。
長らく仕事もなく正月の餅代にも事欠く始末、もっこり美女からの依頼じゃないと渋る撩の尻を叩いてこの仕事を受けさせた。
だが、事態はどんどん急転していき、トラブルは元から断つべしとあいつが山中の敵のアジトへ乗り込んでいってから早数日。急襲するタイミングを見計らっているところだというが、一日一回生存確認の電話は入ってくるものの、心配で心配でならなかった。それ以上に――これはあたしのエゴかもしれない――淋しかった。
この季節、一人ぼっちでいることが。

でも――そういえば、まともなクリスマスなんて祝えたことがあっただろうか、小さい頃から。

この時期となれば警察は年末警戒態勢、その上もし未解決事件を抱えていれば越年はさせじと刑事たちはプライベート返上で捜査に当たる。
家族で、アニキと二人でケーキを囲んでいても、一本の電話やポケットベルで座が流れてしまうことはたびたびだった。誕生日だってそう。
3月31日はまさに年度末、事件がなくても警察といえお役所、その日のうちに片づけなければならない瑣事に追われているうちに終わってしまうことさえあった。

それは撩と暮らし始めても変わることはなかった。
クリスマスだけでさえ、イルミネーションきらびやかな高層ビルの足元で銃撃戦に暮れたことも、あいつが今日みたいに留守の間、ツケを支払うためにサンタの格好で客引きをやったこともあった。仕事がなくても、キャバクラのクリスマスイベントをハシゴしている撩を、たった独り部屋で待つことも。

――街角のスピーカーは「一人きりのクリスマス・イヴ」と歌う。
「昨年のクリスマス、ぼくは心を捧げたのに」とも。
12月24日には何が何でも愛する人と、大切な人と過ごさなければならないのだろうか?そして、それができない男は不実と詰られなければならないのだろうか?
あたしはそうは思わない。
淋しくないと言えば嘘ではなかった、父が出かけてしまった後、中途半端に終わってしまったクリスマスも、テーブルいっぱいのご馳走を前にアニキの帰りを待つ誕生日も。でも、同時に誇らしくもあった。
父も兄も、本当に守るべきもののために身を粉にして闘っているのだと。
彼らのためにあたしができることは、信じて待ち続けることだけ。

ふと、数日前の撩の電話を思い出した。

「なぁ、サンタの家族ってクリスマスのとき、どうしてるんだろうな」

いつもの業務連絡の合間に、そんな彼らしからぬメルヘンティックな疑問が飛び出した。

「祝おうにも、爺ちゃんはプレゼントを届けに世界中を飛び回ってるんだぜ?
それ放っといて残りの家族だけで祝うわけにもいかねぇだろ」

もうその頃は覚悟していた、あたしも撩も、クリスマスは一緒に過ごせないと。
きっとあいつもサンタクロースなのだ、依頼人に笑顔というプレゼントを届ける。
だからあたしのクリスマスもお預け。撩がいないのに、あたし一人で祝うわけにはいかないから。

そう思えば街ゆくカップルの姿も広い心で見られるように思えた。
だいたい、あたしたちに「恋人」なんて肩書は似合わない。
四六時中そばにいて、一緒にいられないときも心の中は互いのことで埋め尽くされるような、甘ったるい幸福なんて必要ない。あたしは撩と共に生き、彼を支え、ときに共に闘える、そんな自分を誇りに思っている。この街で独り撩の帰りを待つのもパートナーとしての大事なミッションなのだ。

とりあえずは夕飯をどうしよう。そうは言ってもスーパーはこの時期目の毒だ、家にあるものだけで何とかしないと。どうせなら、あいつがいると文句が出るような和食中心のメニューにしようか、肉じゃがに焼き魚――
おおよそクリスマスらしからぬ夕食に苦笑いを浮かべると、甘い空気の漂う人込みすら軽やかに掻き分けられるような気がした。

20,000hitキリリクの窮余の策、イベントネタ限定リクに
常連さまのmuffさまが参加してくださいました。
お題は「香の一人淋しいクリスマス、でも最後はラヴな感じで」と頂いたのですが
果たしてそれが満たせているのかどうか【泣】

実は、一人きりのクリスマスというのは
この5年、定点も含めて何度か書いている店主定番ネタでして
その辺の差別化を図ろうとしたら、いつの間にか
自分自身が抱えているもやもやをこの場にぶつけてしまいました【苦笑】
こういう自己満足はリクエストじゃ一番やってはいけないんですけどね。
ちなみに、香の思い出している過去のクリスマスは
当店のお客様ならご存知ですよね?

ということでmuffさま、こんなんでよろしかったでしょうか【涙】
これからもHard-Luck Cafeをどうかご贔屓に。


City Hunter