spinning top of fortune

「あっ」

コマ劇場――正しくは、昨年までコマ劇場だった場所――はすでに覆いが立てられていた。もうじき解体工事も始まるのだろう。

「なんか思い出でもあるのか?」

歌舞伎町の人込みの中、立ち止まったあたしに撩が声をかけた。

「ううん、あるわけないでしょ。演歌の殿堂なんだから」

確かにこの新宿で育ったとはいえ、今まであたしには縁の無いところだった。

「でもずっとここに当たり前のようにあったんだよね。それがなくなっちゃうなんてさ」

だがそれはあたしにとって見慣れた風景だった。撩を探しに駆け回ったときも、探し出した撩の襟首を引きずって連れ帰るときも、当たり前のように視界の中に映り込んでいたはずだ。格別目に留めてはいなかっただけで。
しかしそれは当たり前でも何でもなかった。こうしてある日突然、目の前から消えてしまったのだから。

「そういや香、歌舞伎町に大きな映画館出来ただろ。 あそこってさ、前何があったっけ」

――答えられなかった。新宿は自分の庭、だったはずなのに。 とどまることの無い時の流れの中、『今』に追いまくられるうちに、ほんの前の過去など記憶からすっかり押し流されていた。

「ほんと、この街もどんどん変わっちまうよなぁ」

実際、この新宿では何もかもが目まぐるしく変化していく。
新しいお店が出来たと思ったら一度も行ったことのないまま潰れて、また新しい店になっているということもよくあることだ。もちろんそれは新宿に限ったことではなく、東京全体に言えることかもしれない。
また、最近の新宿には新宿なりの事情もある――特にこの歌舞伎町では。一連の『浄化作戦』と連動して再開発が進められているのだそれがこの街の変化に拍車をかけていた。

「もしかしたら忘れちゃうかもしれないね、ここにコマがあったことも」

この跡地にもいつか新しい何かが建てられる。それを目にした人々は見慣れるうちに、かつてそこに何があったか忘れてしまうだろう。去るもの日々に疎し、それがこの街に生きるということかもしれない。それは何も建物だけに限らない。そう、人も――もし、撩がいなくなったら。
彼はもともとこの世にいないはずの人間、だから書類の上では彼のいた痕跡は一切残らない。ただ、みんなの記憶には残るだろう。だがそれもこのせわしない街の中でいつか風化してしまうだろう――。

「だったら俺たちが覚えておこうぜ、ここに何があったのか」

そう撩は語りかけた。そしてあたしの顔を覗き込む。彼の口から発せられたそれは、いとも簡単そうに響いた。

形あるものはいつか壊れる。記憶もまた永遠ではない。
だけどあたしは、少なくともあたしだけはずっと記憶にとどめておこうと思った。この街の移り変わりを、そこにいた人々を。

あたしは撩の腕にしがみついた。その感触を、温もりを記憶に刻み込むために。


リアルタイムの新宿を知っているわけではないので
すでにコマ劇場の解体工事が始まってるのかまでは知りませんが、
香同様、コマとはさしたる縁もないですが
やっぱり新宿の名所が一つ消えてしまうのはCHファンとして残念です。
でもさすがに撩と香がバルト新宿が以前何だったか
忘れてしまっているというのはありえないかもしれませんね・・・。


City Hunter