hard candy |
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1ケ月前は一つでも多く貰いたかったのに、一月経ってみると「なんでこんなに貰っちまったんだ」と後悔ばかりが募る。塞翁が馬、禍福はあざなえる縄のごとし。一番多く笑ったものが一番多く泣くように出来ている、ことホワイトデーに関しては。 バレンタインにはミックと二人してどっちがより多くチョコレートをゲットできるか勝負していたが、こうなるとまるで勝った側に課せられる罰ゲームじゃないか。さらに、誰が決めたか「ホワイトデーのお返しはチョコの三倍返し」などという迷惑極まりないルールすら存在するという。 それでようやく合点が行った、俺のように客の一人に過ぎない(それも金払いでは下の下の)ヤツになんで高級チョコレートなど贈りつける女もいたのかが。といっても春の気配が近づいても一向に好転しない我が冴羽商事の経営状態、ルールを厳密に守ろうものなら破産しかねない。はてさて、どうしたものか――。 それでも多少日差しと懐の温かい日曜、少し遠出してショッピングモールにまとめ買いに来ていた。大量の食料品と、それと同じくらいの香の買い物(「だって、新宿じゃ洋服が高くてユ○クロ以外で買い物できないんだもん」)に付き合わされ、大きな荷物を抱えてあとは帰るだけという段になって、 「あっ」 香が催事スペースらしき一角に反応を示した。 「そうだ、そろそろホワイトデーよね。撩、まだお返し買ってないでしょ」 と言うと、自分から棚の茂みの中に飛び込んでいった。 「えーと、ねこまんまのみづきちゃんにノリカさんに、Paradisoのちなつさんでしょ、 同じ店なのに、高いチョコあげたのにお返しはあたしの方が安物だった、なんてことになったら面倒なことになるでしょ、と言いながら尚もキャンディをどさどさと入れていく。確かに、俺にとってはチョコレートの一つひとつの値段なんて知ったことではなかった。それを全部一つずつ包みを開け、胃袋に納めていくのは香の役目だからだ。俺宛に送られたものであるにもかかわらず、だ。 「あら、これなんて智美さんにぴったりじゃない?」 と香が棚の上の方から背伸びしながら手にしたのは、世界一有名な白い猫のケースに収まったマシュマロだった。 「ちょっとそれってガキっぽくないか」 それもそのはず、彼女は品のある雰囲気と知性が滲み出る会話が売りの、いわば大人なホステスだからだ。でもあいつは、 「あら、知らなかったの?智美さんってキティちゃんコレクターなのよ」 と俺すら知らない事実を口にした。いや、知らないということはなかったかもしれない、前に客から貰ったというレアもののアクセサリーを自慢げに見せていたことがあったのだから。 だが、なんで香が俺が忘れているような歌舞伎町のホステスの趣味嗜好を細かく覚えてるんだ?あいつとはツケの支払い程度の付き合いしかないはずなのに。そして今、こうして嬉々として俺に贈られてきたホワイトデーのプレゼントを選んでいる。 「なんでそこまでしてくれるんだ?」 はっきり言って敵に塩を送っているようなものだ。それなのに、 「だって、撩がお世話になってるんだもの。 少なくとも俺は、あいつの物わかりのよさに「じゃあお言葉に甘えて」と胡坐をかいていられるほど図々しい男ではない。黙って送り出す香に後ろ髪を引かれながら、そんなやましさを酒で紛らわすしかないのだから、結局。だったら最初から飲みに行くなという話かもしれないが――それももしかして、香の計算なのだろうか?
カオリンがそんな計算してるわけがないじゃないですか【笑】
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