bitter heart, sweetheart

「チョコが食べたい」

小腹が減った、とか、甘いものが食べたい、というのではなく、ある特定の食べ物が欲しくなるときってあると思う。そうなってしまうと、他の何かがあっても目には入らない。それを堪能するか、無かったら諦める、二つに一つだ。そして今、それ以外要らないと思うほど食べたいもの、それがチョコレートだった。
ただでさえ依頼が無くなってしまうと主食にすら事欠くようになってしまう我らが冴羽商事、そうなってしまうと嗜好品には手が回らなくなるが、今は違った。

「そういえばここに・・・あった♪」

撩がごっそり貰ってきたバレンタインのチョコレートが、台所の片隅に山積みになっているのだ。そのほとんどが飲み屋のお姐さんから貰った義理チョコだ。
チリも積もればというが、義理ばかりここまで集まると撩の顔の広さに感心するとともに、これをキープするのはそれなりに出費もかかって当然だとも思ってしまう。かといってツケで呑むのは論外だけど。

それにしても、チョコレートが食べたいといっても、これだけの数と種類があればどれにしようか迷ってしまう。おなじみの大手メーカー製の大量生産品から、デパ地下で買ったであろう海外の高級ショコラティエによるものまで、ピンからキリまでだ。撩は甘いものが好きではないから、貰ってきたチョコの始末を全部あたしに押しつけてしまう。おかげでホワイトデーまでの約1ヶ月の間、ニキビと体重の増加にヒヤヒヤしながらも、チョコレート責めという至福の時間を過ごすこととなるのだ。

もちろんチョコだけでなく、あたしだって一応女の子の端くれだ(という齢ではなくなってきているかもしれないが)、甘いもの全般は大好きだ。
バレンタインデーだって、何でその日は男の子ばっかりがチョコを貰えて、何で自分が貰えないのか不満に思っていた。そして、いつもはとかく男に間違われて、そのたびにムキになって言い返してきたけど、この日だけは男の子になってチョコレートを山ほど食べられないか、なんて考えたものだ。
その望みは性転換することなく叶えられたけど。

とりあえず目にとまった石畳チョコの封を開ける。ベルギー製のトリュフにも心惹かれたのだけど、それはまた次の機会に。一粒、添えられたプラスティックの楊枝で刺して口に運ぶ。それを割り砕いてさっさと飲み込むようなせっかちな真似はしない。チョコレートが口の中で小さくなって、その最後のかけらがふっと舌の上で溶けてしまうまでゆっくりと転がすのだ。幼い頃のアルファベットチョコ以来のクセ。
でもそれがふっと溶けてしまった瞬間、あたしの中で何か寂しいものが広がった。

それって、女としてどうなのよ。
仮にも自分の好きな男が、義理とはいえ貰ったチョコレートで幸福感じてるなんて。

だけど、放っておいたら甘いものは基本的に受け付けない撩のこと、いつまでたっても手をつけられないまま放置されることになるだろう。一夏経ったチョコレートは悲惨だ、白く粉をふいてしまうから――味は全く変わらないのだけど。
もったいない。だったら、たとえ意図した相手でなくても、ちゃんと胃袋に納めてあげる方がチョコレートにしても本望だろう。
どうせ義理チョコ、そこまでのことは誰も期待していないはず。それに――
チョコレートそのものには罪はないから。

何も知らないチョコレートの甘さが、ビターに傾いたあたしの心を解してくれる。

「ほんっと、もったいないわよ。こんなに美味しいのに」

この小箱の中にはチョコレート以外に、女の子たちの気持ちがリボンをかけて込められているのに。



あたしが今年作った手作りのナッツチョコは、義理チョコの山とは別にしまわれている。


父が貰ってきた義理チョコは、店主ら姉妹のおやつになってました。
今の会社は女性従業員が少ないそうなので、分け前も減ってしまいましたが【笑】

カオリンの作った手作りチョコだけは、毎年その気持ちも含めて
ちゃんとリョウが頂いてることでしょう♪


City Hunter