Summer Greeting

相変わらず収穫のなかったナンパをさっさと切り上げてきた午後。
香は伝言板を確認しに行ったきりまだ戻っていないようだ。おおかた、Cat'sで美樹ちゃんにグチをこぼしているのだろう。1階の郵便受けにはダイレクトメールやら直接突っ込まれたAVのビラなどが入ったままになっていた。
そんな、ややもすれば封も開けないまままとめて捨てられそうな束の中から、一枚の絵はがきを見つけ出した。青い海に白い砂浜、ボードウォークと古びた観覧車。

「コニーアイランドか・・・」

そしてそんな海辺の風景に、白い字で「How's going?」とだけ書いてあった。後ろを見ても宛名だけで差出人の名前は無い。だが、そのどこか幼さの残る筆跡はすぐに誰のものか判った。

「――よく遊びに行ったよな、ソニアと」

彼女とケニーの父娘は俺にとって初めて普通の家庭というものを教えてくれた恩人だった。ケニーはまだ若く自堕落な生活をしがちだった俺の面倒を口煩いほどによく見てくれたし、ソニアはそんな俺を――すでにマリィーと組んで裏の世界でそれなりに名前を売っていた俺を、ごく当たり前に迎えてくれた。彼らは俺を家族の一員として受け入れてくれた。だから、幼いあいつは俺にとって年の離れた妹みたいなものだった。

――その日も、ごく当たり前のように二人の暮らす家へと上がり込んだ。寝ぐらにいてもまともな食いものは無いし、飯をおごってくれる女の当てもない。ここにいけば何かにありつけるだろうという、そんな考えだった。

「ケニー、ソニア、いるのか?」

ダイニングテーブルの置かれていたキッチンに、ソニアが一人でぽつんと座っていた。

「なんだ、いたのか。ケニーは?」
「仕事で遅くなるって」
「それでお前一人で留守番か、不用心だな」

俺はキッチンで食い物をあさっていた。とりあえず有りあわせの物でサンドイッチでも作るか。他人の家とはいえそこは相棒の家、勝手に材料を拝借することにした。だが、見ればソニアは浮かない顔をしていた。

「おい、どうしたんだよソニア。美人が台無しだぞ」
「ほっといてよ」
「男にでも振られたのか?」

冗談のつもりだった。だがその顔が図星と雄弁に物語っていた。
そりゃそうだよな、ソニアだってもう11歳だ――あれ、12になったんだっけか?
淡い初恋の一つや二つ経験していてもおかしくない齢だろう、これで結構マセガキなのだから。

「リョウこそどうしたのよ。今日はキャシーとデートのはずだったんじゃないの?」

グサ、と痛いところを突いてきた。もちろんそれがうまくいってたら今ここで相棒の家に上がり込んで勝手にサンドイッチなんか作っていない。つまりは、このキッチンにいるのは二人ともふられた者同士ってわけだ。

「じゃあ、海でも見に行くか」
「海?今から?」
「ああ。失恋したときには海って昔から相場が決まってるんだよ」

出来上がったサンドイッチを切り分けると、それを紙で包み、冷蔵庫からバドワイザーを何本か拝借して、それと一緒に紙袋に入れた。
これでピクニックの準備は完ぺきだ。

コニーアイランドはNYのブルックリンにある、ニューヨーカーにとって一番身近なビーチだ。すぐそばには遊園地もあるから、ソニアを連れて何度か行ったことがある。マンハッタンから地下鉄で1時間ほどだが、夜遅くに小さな子供を連れて乗れるほどこの当時は治安はよくなかった。おんぼろピックアップの助手席にソニアを乗せてエンジンをかけた。

夜のコニーアイランドはまだシーズンには早いということもあって人もまばらだった。遊園地からは離れた静かなビーチに腰を下ろすと、ようやくサンドイッチに手を伸ばした。何重にも重ねたそれをビールで流し込む。だが、自分のむしゃむしゃという咀嚼音に交じって、隣からは小さなすすり泣く声が聞こえてきた。
子供の頃の失恋なんて、大人の目から見れば大したことではないのかもしれない。だがソニアの小さな胸にとっては張り裂けそうな痛みなんだろう。
家では何とか堪えられてたものが、夜の真っ暗な海を見ているうちに込み上げてきてしまったのだ。あいにく、俺にはどうしようもできない。そんな子供らしい純真な心など経験しないで大人になってしまったのだから。

「・・・飲むか?」

そんな俺の視線に気がついたのだろう。ソニアは俺の顔と、そして口元の缶ビールをじっと見ていた。一晩中飲み明かすっていうのも傷心にはいい薬だろう。だがそれはあくまで大人向けの薬だ。でも俺は子供向けの薬など知らなかった。
飲みさしの缶を差し出すと、ソニアはそれを両手で受け取った。そして一口含むと、予想通り、文字通り苦い顔を浮かべた。

「まだ子供には早いって」

だが彼女はビールを俺に返そうとはしなかった。両手でそれを抱えると、ぐびぐびと喉を鳴らしながら残りを一気に飲み干した。さすがにぐらりと頭がふらついたが、しっかりした手つきで俺に空き缶を突き返してきた。

――もしかしたら本当に初恋ってやつだったのかもしれない。

俺くらいになればキャシーがダメでも次はスーザンといちいち落ち込むこともなく取っ換え引っ換えできるのだが、初めての相手は未来永劫一人だけだ。だから好きになれば本気で恋するし、振られたら本気で悲しがる、バドワイザーを半分一気飲みしないとやっていられないくらいに。

だが、それはさすがに11歳の少女にとっては過ぎた量だった。そのままあっという間に酔いつぶれてしまったのだから。
東の空は白々と明らんできた。背中に眠り込んでしまったソニアを負ぶさりながら、俺は苦笑いを浮かべていた。――いったいケニーにどう言い訳すればいいのやら。俺にぺドフィルの趣味が無いことは判っているはずだが、たった一人の娘を夜中に連れ出して酒まで飲ませたのだから、何を言われるかたまったものじゃない。もう笑うしかなかった。

――たった一枚のカードがそんなことを思い出させてくれた。
あいつは今、幸せだろうか?いい男の一人や二人もいるのだろうか?風の噂ではすっかり足を洗って普通の生活を送っているという。
気がつけば彼女は表の世界で、そして俺は今でも裏の世界で別々の人生を歩んでいたが、こうして忘れないでいてくれたことが素直に嬉しかった。
二人の歩むべき道はもう二度と交わることはないだろう。だが、生きていればまたどこかで出逢うこともあるかもしれない。

思えばあのとき、まともに言葉を交わすことなく別れてしまった。仕方がない、俺は彼女の父親を、たとえ決闘とはいえ、この手にかけたのだから。
ソニアが今も俺に対して複雑な感情を抱いているのは否めなかった。だからこそ、「元気?」という言葉が胸に響いた。言葉を尽くしてしまったら逆に伝わらない想いがそこに込められているような気がして。

終わりよければ総てよし、という言葉に則れば、ソニアやケニーと暮らした日々は幸福なものではなかったのかもしれない。だがあの頃は俺が思うほど不幸なものではなかったんじゃないか。そしてそれを俺はそんな小さな幸福ごと記憶の奥底に押し込めてしまったんじゃないだろうか?

勉強部屋のデスクにポストカードを立てかけた。ここなら香もほとんど出入りしない。ペン立てから一本のボールペンを取り出すと、返事の文面を考え始めた。
一枚のカードがあの頃の懐かしい想い出を届けてくれた。あの頃の記憶は二度と消えることはないだろう、これからずっと。


featuring:『Summer Greeting』by TUBE

昨年の『ホタル』以来
すっかり暑中見舞い=TUBEの新曲が定着しつつありますね【苦笑】
今年のシングルはいかにもTUBEらしい定番の爽やかなナンバーです。
これを機にぜひとも聴いてみてください♪
ただ、昨年の『蛍』とどっちが上かというと・・・
店主としては圧倒的に『蛍』に軍配を上げてしまいますけどね。


City Hunter