この胸いっぱいの愛を
         
〜Ver. R

「はぁ・・・どぉしよ」

Cat'sのいつものカウンター席であたしは大きな溜息をついていた。

「香さん、一体どうしたっていうの?」

今日は3月14日。

「あ、ホワイトデーのお返しが心配なんでしょ。
聞いたわよぉ、撩に巨大ハートチョコ送ったって。あの甘いモノ嫌いの撩に」

やはりいつもの席に座っていた麗香さんが茶々を入れる。

「確かに。何らかの報復攻撃に出てこないとも限らないしね、冴羽さん」
「そうそう、撩ってああ見えてけっこうネクラなとこあるし」

違う、あたしの悩みはそんなことじゃない。
もっと、あたしたち二人のあり方に関わる大事なことなのに・・・。

  

撩に優しくされるとどうしていいか判らなくなる。
ずっとあたしの片想いだったから。
ずっとずっと、振り向いてほしかった。あたしのことを見てほしかった。
だけど口を開けばあいつから出てくる言葉は「男女」だの「弟」だの、「お前が俺が唯一もっこりしない女」だの。そしてその眼は綺麗なよその誰かにばかり向けられていた、いつも。

だからといって撩への想いを諦めることはできなかった。
撩を好きでいることだけはやめられなかった。

だからあたしは、見返りを求めるのをやめた。
たとえ振り向いてくれなくてもいい。あたしの気持ちに応えてくれなくてもかまわない。それでも、撩のことを想い続けていようと。たとえ愛してくれなくても・・・。

だけど、時間は少しずつ二人の距離を縮めてくれた。そして、あいつの本心を気づかせてくれた、決してあたしだけの片想いじゃなかったと。ようやく想いが通じ合って、あのひねくれ男もだんだん素直に言葉や態度で表わしてくれるようになって・・・あたしは戸惑うようになってしまった。

最初から諦めていたから、優しい眼差しも、甘い言葉も。
撩があたしにそんなものをくれるはずがないと、期待していなかったから。
心構えができていない。だから、素直に受け取れない。
もし両腕いっぱいの花束をくれたとしても、にっこりと微笑みながら、さもそれを貰って当然と、自分にはそれだけの資格があるという顔をして貰うことなどできないだろう。きっと怪訝そうな顔で「冗談でしょ?」と言ってしまう。あたし以外のもっこりちゃんと間違えてない?と。そしてあの天邪鬼は「そうだったな」と苦笑いを浮かべながらあの広い背中の向こうに隠してしまうだろう。

臆病なのだ、多分。ずっと待ち望んでいた、でも思いもしなかった贈り物にまだ怯えている。手を伸ばせば消えてしまうんじゃないか、本当は自分が貰えるものではないんじゃないかと。だったら自分から突き返してしまえばいい、これはあたしのものじゃないと。だったら傷口はまだ浅くて済む。それは決して間違えて贈られたものじゃない、最初からあたしに宛てられたはずなのに。いくら望んでも得られなかったものだったから、手に入れた途端に不安になってしまう。

皮肉なものだ。撩への想いは、あのバカでスケベで怠け者のもっこり男に寄せる愛情はだれにも負けないはずなのに、愛されることにかけては一気に自信が無くなってしまうのだから。

  

「でも香さん」

美樹さんの声にネガティヴな思考が遮られた。

「たとえ冴羽さんがどう出ようと、それが彼のあるがままの気持ちなんだから。
だから、素直に受け取るのよ」

その言葉に迷いは消えた。
きっとそれは美樹さんの意図したところとはだいぶかけ離れているだろう。だけど――たとえあいつが柄にもなく腕いっぱいの花束なんか持ってきたとしても、素直に笑って受け取れるようになろう、そうあたしは心に決めた。それが撩のあるがままの愛情ならば。

そのとき、Cat’sのドアベルが鳴った。戸口とドアの隙間に身をねじ込んできたのは、ぼさぼさ頭のでかい図体。そして手には両手いっぱいの――巨大なドロップ缶。いきなり出鼻をくじかれた。ご丁寧にリボンを十字に掛けてあるけど。撩は無言で、どこか拗ねたような、照れた顔でドロップをあたしに突き出した。

「目には目を、巨大チョコには巨大ドロップをってとこね」

ギャラリーはいい気なもので、あたしの当惑をよそに高みの見物を決め込んでいる。でも、これはこれでかまわなかった。
あいつに花束なんか似合わない。こんなロマンティックのかけらもないホワイトデーがぴったりなのだ、撩にも、そしてあたしにも。それが撩の飾らない、あるがままの愛情表現なのだ。だったら気負うことなく、怯えることなくそれを受け取ればいい。そうしていくうちに自然と距離は縮まっていく。そうすれば、きっといつか何の臆面もなく甘い言葉を囁き合える日が来るかもしれない。

巨大ドロップ缶を腕に抱えて蓋をこじ開けた。そこから腕を突っ込んで、引き当てたのは半透明のハッカだった。容器もでかけりゃ中身も大きい。飴玉は口に入れるとそれだけで中の半分を占めた。
その味は、まだまだ甘さとは程遠かった。


そういえば昔、巨大ポッキーとか流行ってましたね。今も地域限定でありますが。
それってちょうどCH終わったくらいの頃だったでしょうか。

果たしてこんなので、一月前のあの事態を許してもらえるんでしょうか?
そして読者の皆様に許していただけるのか・・・。


City Hunter