夏の日の1993 

「撩、待った?」

その瞬間から、俺の視線は彼女から逸らせなくなってしまった。

「やっぱり・・・似合わないわよね」
「そんなことないわよ。どぉ、冴羽さん?
このエリ・キタハラが香のためだけにデザインした最高傑作は」

黒のビキニは夏でも日に焼けることのない彼女の肌によく映えた。布地の分量も露出過多で煽情的になることもなく、かといって隠し過ぎてビキニの本来持つ大胆さが損なわれてはいない。それ以上に、

――あいつって、こんなにスタイルよかったっけ?

プールサイドに立つ香は、女らしい曲線を描きながらもめり張りのきいた体つきをしていた。括れた足首からつんと切れ上がったヒップラインまで続く芸術的な脚線、腹筋で引き締まりながらその剛性を感じさせないウエスト、さらにはたわわに膨らむも均整のとれた胸は豊かな谷間を形成していた。
「豊満なウエスト、引き締まったバスト」というのはもちろん笑えないジョークだったが、今の香はあの時と比べても見違えるほどだ。一体いつの間に・・・
いや、俺も香のカラダを知らないわけじゃない。そうなって日が浅いものの、毎夜のようにその美しさを愛でていた。だが、いつも触れているからこそ小さな変化の積み重ねに気付かないこともある。
そして今、目の前にさらされた変化に俺は眼を奪われた。

「でもやっぱり恥ずかしいわ、ビキニなんて」
「大丈夫よ、よく似合ってるわ。ほら、冴羽さんの視線だって釘づけになってるし」

だぁれがお前なんかに、といつもならここで憎まれ口が飛び出すところだが、それすら出てこない。かなりの重症だ。

そもそも俺たちが今ここにいるのも絵梨子さんの差し金だ。
一流ホテルの上層階のプール。本来ならば宿泊客しか利用できないここのパスを気前よくくれたのだ、しかも新作水着込みで。
進展をおおっぴらにしているわけでなし、まして最近では日本と海外を行ったり来たりの絵梨子さんにとって俺たちの様子は未だまどろっこしく映るのだろうが、余計なお世話だっつーの!

「撩はプール入らないの?」

当たり前だろう、ここに来ている宿泊客にとってプールは水着で寛ぎながら、時々思い出したように水に入って、思い思いの時間を過ごすところだ。
なのにプール=泳ぐ場所、という庶民的な先入観の持ち主の香は、まるで小学生のように軽くストレッチを始めていた。

その間、俺はというとプールサイドの水着姿のもっこりちゃんたちを物色。だが、視界の片隅にいつもあいつがちらついて、気になるったらありゃしない。
そうこうしている内に準備運動を終えた香は飛び込み台を蹴って、その伸びやかな肢体を水中へと躍らせた。

そして俺はプールサイドのビーチチェアに腰をおろした。
一面のガラス張りから見渡せるのはそびえ立つビル群と――といってもこのフロアには及ばぬ高さだが――その間を縫うように走る高架のハイウェイ。
その窓という窓、ガラスというガラスが真夏の太陽を乱反射させていた。
そんな灼熱の風景と比べるとここは別天地だ。まして周りにはスタイル抜群の水着美人ばかり――なぜか男女比では圧倒的に女性優位だ――ならばなおさら。誰もがグラビアから抜け出たようなプロポーションを色とりどりのビキニやワンピースに包んでいた。いくら女連れとはいえ、目移りするなと言う方が酷だ。しかし――

俺はさっき、彼女たちを見るのと同じ眼で香を見ていた。

あいつを女として見るのを戒めていたのは、一つには親友からの大切な預かりものというのもある。だが、一番大きいのは今までの二人の関係を壊したくなかったからだろう。
「恋愛にはいつか必ず終わりが来る」そう誰かが言っていた。その真偽は俺が一番よく判っているさ。出会ったばかりの頃は目にするもの総てが魅力的で新鮮で、それゆえなお一層惹かれていった、もっと彼女が知りたいと。でも次第に目新しさは当たり前のことになっていく。そして終いにはそれが総て鼻につくのだ。もうこうなったら末期症状、心はすでに新しい誰かに移りはじめている。
香と男と女の関係になった以上、そんな日が来ないとは限らない。だがあいつはそれでも俺の相棒であろうとするだろう。しかし一度男と女になった者同士は元の関係に戻れない、そこにあるのは針の筵のような日々だけだ。俺はあいつをそんな地獄に追い込みたくはなかった。
「だが、友情は永遠だ」その誰かはこうも言っていた。どんな美女であってもいつかは飽きがくる。いや、美人ならなおさら、三日で飽きるともいう。
自分の趣味嗜好は自分が一番よく判っている、そして自分のどうしようもない移り気も。あいつとは付き合いが長かった分、惰性に陥ってしまうのもすぐかもしれない。ならば香とは一生、シティーハンターとそのパートナーのままの方がよかったのかもしれない。いつか香が傷つくような日が来るのであれば――

「いけないんだ、冴羽さん」

そう言いながら絵梨子さんが隣のビーチチェアに腰かけた。彼女もまた、下積み時代はモデル経験もあるという見事なスタイルを自らデザインした水着が引き立てていた。

「ダメよ、目移りしちゃ。せっかく香と一緒に来たんだから」

そういえば彼女にモーションかけてたこともあったなーと遠い昔のことのように思い出す。だが今はいくらスタイル抜群のもっこり美人でも今夜のお相手をお願いしようとは思わない。それはもちろん香を通じた付き合いで彼女の生地がすっかり見えてしまったというせいもあるだろうが――。

はぁ、と呆れたようにため息をつくと絵梨子さんは、

「香がきれいになったのは冴羽さんのおかげかと思ったけど、
その様子じゃどうやら違うみたいね」

と言うなり席を立ってしまった。と同時に、

「ねぇ撩、絵梨子となんの話してたの?」

香が水面から半身を乗り出してこちらに声をかけていた。
じっとりと濡れた髪は日頃のくせっ毛ぶりはどこへやら、緩やかなカーブを描きながら水の重みで顔の周りにしなだれかかり、ガラス越しの夏の日差しを反射していつもより深い光沢をたたえていた。
両腕と水の浮力だけで全身を支えているのであろう、プールサイドに肘をつくような姿勢は意識しようとしまいと豊かな胸を強調する。しかし香の眼にはそんな媚びの色は無く、まっすぐに俺を見つめていた。

色香と無邪気が矛盾なく香の中に調和していた。

あいつのガキみたいな純粋さは嫌というほどよく知っていた。だからこそ自分に似合うような女じゃないと思っていた。そして、こっちはつい最近知ったのだが、まるで別人のような、あいつの見せる艶めいた媚態も。
だけど香はこうやって今もなお俺の知らない姿を見せてくれる。もしかしたらあいつ自身も知らない自分の姿を。付き合いだけは古女房並みに長いくせに。

もしかしたらあいつと一生いれば、その間ずっと新しい彼女自身を見つけられるかもしれない。そうしたら一生飽きることもないんじゃないだろうか、この浮気性の自分も。

「何話してたのよ、撩」
「いやぁ、美人は三日で飽きるけどブスは一生飽きないってな」

すると香は不満そうに唇を尖らす。そんな顔も結構可愛いだなんて、これも意外な新発見。

なぁ香、この俺が不覚にもお前にときめいちまったんだぜ?
四六時中、嫌になるほど傍にいるはずのお前に。

『R35』の名曲を、いつものクセでR×Kに重ね合わせてしまいましたw
ちょうど93年っていうと、店主のCH年表【笑】だとこのくらいの二人ですね。
『closer by closer』がカタがついたあと、ってCH’の方ですが【爆】

撩って結構浮気者っぽいので、二人結ばれても
いつか香に飽きが来てしまうのではないかと心配してましたので
いつかは書きたいテーマではありました。
でもきっと香ちゃんの魅力だったら
あのもっこり男を一生繋ぎとめておけるんじゃないでしょうか。

最後の台詞はサビの詞の冴羽訳ということで【笑】


City Hunter