Winter Wonderland

ミックと出会って、初めてのクリスマス。
なら二人きりで過ごそうというのが普通なのだろうけど、イヴの今宵は二人でCat'sのクリスマスパーティに呼ばれていた。といっても、長らくお店の常連たちとは主治医と患者という関係だったが、パーティに出るのはこれが初めてだった。
その帰り道、

「橇の鈴が鳴ってるよ、聞こえているかい?
小道には雪が輝いてるよ」

と雪が降っているわけでもないのに、高歌放吟しながらミックは上機嫌だった。だがその足どりは覚束ないものだ、歩道の段差につまづいて、

「あぁ、ミック」

アスファルトの上に座り込んだ。

「Sorry, Kazue」
「Not at all, 気にしないで。ほらっ」

と千鳥足のフィアンセの肩を抱き起こす。今年も終わりが近づき、真夜中ともなれば東京でも風が冷たい。しかし、こうして身を寄せ合って歩いていれば、心もほんのりと暖かくなる。

「せっかくのクリスマスだっていうのに。
日本じゃ恋人同士でロマンティックに過ごす日なんだろう?」
「いいのよ。賑やかなクリスマスも久しぶりだったし」

そういえばかつての婚約者を失ってからというもの、クリスマスらしいクリスマスなど送ってはいなかった。

「昨年まではどうだったんだい?」
「質素なものよ、教授と二人きりだったから」

教授ももうクリスマスなんて歳ではなかったし、毎年「若い者は若いものらしく楽しんできたまえ」と言ってくれたが、あの頃の私はまだまだ世間のお祭り騒ぎに加わる気にはなれなかった。それすらも忘れたくて、結局クリスマス返上で毎年研究室に篭っていたのだ。

――確か私は冴羽さんに近づきたくてこの世界に飛び込んできたはずだった。パートナーとして側にいることができないなら、せめて医師として、持てる技術と知識を通して彼の役に立てれば、そう思って今まで教授の助手を務めてきた。
実際、病院には診せられないような大けがを負って教授のところに運び込まれたこともしばしばだった。そのたびに私は手を尽くして彼の治療にあたってきた。しかし、けがが癒えれば彼はまたアパートヘ戻ってしまう、香さんの待つアパートへと。
冴羽さんが私たち依頼者に抱く感情も何となく理解できるような気がした。だがそれで彼との距離が縮まったわけではない。彼との関係は出会った数年前のまま。
皮肉なことに、こうしてミックとの生活を選んだからこそ、彼を通じて冴羽さんや香さんとも親しくなることができたのだ。

「アメリカではクリスマスは家族で過ごす日だからね。
その代わりnew year eveは恋人同士で過ごすんだ。
オレにとってリョウやCat'sのみんなは家族みたいなものさ」
「じゃあ香さんもミックにとって家族なの?」

千鳥足の歩みが止まる。

それはずっと心の中にあった疑念だった。
ミックは彼女に好意を抱いていた。彼をエンジェルダストの狂気から救い出したのも彼女への想いだった。今でも彼が香さんに特別な感情を持っていることは私にも判る。でも醜い嫉妬は決して表に出さないようにしていた。
それが、今日に限って思わぬ拍子で現れてしまったのだ。

「あっ・・・Mick, please forget it(忘れてちょうだい)」
「No. I wouldn't forget (忘れはしないさ).
だから非難しないで聞いてほしいんだ」

酔っ払いの眼に理性の火が点った。

「オレは今でもカオリの幸福を心から願っている。
この気持ちはもしかしたらリョウよりも強いかもしれない。
あのアマノジャクはカオリのためと言っておいて
全く正反対のことをやってるからね」

まぁ、オレに敵うのはカオリのブラザーくらいかな、とミックは笑った。

「キミには申し訳ないと思ってるよ、カズエ。
でも彼女は特別なんだ。
カオリはオレの命の恩人でもあるし、
彼女と出会わなければこうしてキミと幸福な毎日を送ることもできなかった。
カオリには感謝してもしきれないよ」

判っていた、彼が香さんを見る視線から。彼女が彼にとって大切な存在なのだと、私では代わりにならないほどの。もちろん覚悟はしていた。だがそれを直接ミックの口から伝えられ、少なからずショックを受けたのもまた事実だった。

「でも彼女を幸福にできるのはオレじゃない。
世界でたった一人、リョウだけなんだ」

街灯の向こうの夜空を見上げながらミックが言った。

「オレの幸福は彼女を独り占めにして、その笑顔を誰よりも側で眺めることだった。
でもそれはカオリの幸福じゃない。
オレの傍にいても、オレの好きな心からの笑顔を見せてはくれないだろうからね。
カオリを笑顔にできるのはリョウしかいないんだ」

その言葉に、さっきまでのパーティでの香さんの姿を思い出した。
プレゼント交換のビンゴ大会でのこと、一番のカス札と目されていた冴羽さんの『ゲイバー・エロイカのドリンク無料サービス券』(おそらく景品選びに迷った彼がエリカママに頼みこんだに違いない)を彼女が引き当てたのだ。
そんな貰ったところで大してうれしくないようなプレゼントでも、冴羽さんからのだと知って笑顔を浮かべていた香さんを見て、そしてそんな彼女を満足そうに見つめる冴羽さんの横顔を見ているうちに、二人の幸福がいつまでも続きますようにと願った。あの二人の間に割って入ることなんてできやしないのだから。

「それにオレを幸せにしてくれるのは、カズエ、キミしかいないんだ」

そう碧い瞳で真っ直ぐに見つめられた。

「幸福の青い鳥は身近なところにいたんだよ」
と言うと、照れ隠しのように再び声高らかに歌い始めた。

「青い鳥は飛んで行ってしまったけど
ここに新しい鳥がいる」
「愛の歌を歌ってる 
僕らが歩いていると 冬のワンダーランドを」

こんな真夜中、近所迷惑も甚だしいが、私も声を合わせていた。

「Have you found your blue bird(青い鳥は見つかった)?」
「Sure, of course(もちろんだとも)!」

幸福の青い鳥は、思わぬところに隠れているかもしれない。

クリスマスの定番『Winter Wonderland』から、っていうより
その一節、

   Gone away is the bluebird
   Here to stay is a new bird

からふと思いつきました。
そういやミック、「ボクの青い鳥♪」なんて言ってましたし【爆】
というわけで、全然クリスマスでもないですね。


City Hunter