恋人がサンタクロース

街はクリスマス。
いつもはロマンティックのかけらもない新宿駅前にもイルミネーションが点り、伊勢丹あたりでプレゼントをおねだりするのか、人波の中にカップルの姿も眼につくようになった。そんな中、

「今なら可愛いミニスカサンタがお出迎え♪」
「キャバクラねこまんま、ただ今クリスマス特別企画開催中!」

・・・何をやってるんだろう、あたしは。世の女の子たちが彼氏にどこに連れてってもらって、何を貰おうか胸をふくらます季節だというのに、これじゃいつものビラまきと変わらないじゃない。そしてそんなカップルたちの間を足早ですり抜ける、あたし同様に寂しい男たちに向かって声を張り上げているのだ、件のミニスカサンタ姿で。

そもそものきっかけは――言うも馬鹿らしいだろう、どうせみんな判ってるんだし――撩のツケだ。あいつが今年一年でさんざん溜めたツケを年内に払ってほしいというわけで、あたしがこうやって体で払わされているのだ。諸悪の元凶はというと、ここ数日雲隠れ。

体で払うといっても、気の利かないあたしではホステスの真似ごとなどおぼつかな。だからこうして客引き(兼・撩の情報屋の一人)のトオルくんと駅前に立っているのだが、吹きっさらしの夜空の下、こんな格好は犯罪だろう。
イベント用のサンタコスプレから支給された一枚だが・・・おそらくは余りものだろう、いくらスタイルに自信があるキャバ嬢でも、これを着る勇気のある猛者はさすがにいなかったようだ。
セパレートタイプのサンタ服。もちろん赤地に白のファーで縁取りしてある。生地そのものはけっこう厚手だが、こうも露出が多ければそれは何の意味もなさなかった。スカート丈だって、ミニスカートというよりは水着のパレオぐらいしかない。

そもそもあたしは寒がりだ。最近よくいる、真冬だというのに半袖やらノースリーブやらで平気な顔をしている女の子の神経が理解できない。
さすがに同居人が冬でも半袖をまくり上げているのは見慣れてきたが、こんな日、こんな夜は本当だったらババシャツを着込んでネルシャツと厚手のセーターの上に、さらにあったかいコートを羽織りたいくらいだ。
なのに、一応見えないところに『はるオ○パッ○ス』を貼りつけてはきているが、それでもビラを受け取ってくれる親切な人には、あたしの毛穴という毛穴がことごとく鳥肌が立っているのが見てとれるだろう。

「香さん、ちょっと休憩入れましょう」

とトオルくんがベンチコートを差し出した。裏地がフリースのこのコートなら素肌に直に着ても暖かいけど、それでも夜の外気にさらされた裏地は、袖を通すとひんやりとした。

「あったかいコーヒーでも買ってきます」
「あっ、そんなに気を使ってくれなくてもいいのに」
「そういうわけにもいかないっスよ。香さんをこき使ったって知れたら
情報屋の先輩たちに袋叩きっスから」

そう言って黒服の制服に派手なピンクの法被をはおった彼が自販機に駆け出そうとする。

「トオルくんが気を使うことじゃないわよ。一番悪いのは
今年一年ツケでさんざ飲み食いした撩、
後でその落とし前はちゃんとこっちでつけさせてあげるから」

そう駆け出す背中に呼びかけた。すると彼は返事をするように振り向いて片手を挙げると、また踵を返して自販機を探しに行った。
歩道の柵に軽く腰かける。両手をコートの中に潜らせ、冷え切った腕をさすろうとしても、その手のひらがまるで氷のようだ。急いでポケットの中のカイロに手を伸ばすが、前の休憩のときに封を開けたそれは、すでにいくら揉んでも暖かくはならなかった。仕方なしに新しいカイロの口を開けた。白い袋をよく揉むと化学変化で熱が生まれる。その熱が指先から体全体に回れば、すうっと強ばりもほぐれていく。

――ところで一体あのバカは、今頃どこで何してるんだろう?

当然このツケはあいつが勝手に飲み食いしていい思いした結果であって、あたしが支払うべきものじゃない。なのに撩はここ数日顔も見てないし連絡も取れない。
パートナーに連帯責任を勝手に押しつけて、自分一人でどこかで知らん顔をしているんじゃないか。
そしてまさか、別の店でさらにツケを増やしてるんじゃないだろうか――
普段であればここで怒りのエネルギーがふつふつと沸き上がって、気がつけば両手にハンマーを握りしめているんだろうけど、この寒さで怒りの炎も吹き消されてしまったようだ。

「カフェオレでよかったっすよね」

トオルくんが缶コーヒーを差し出す。それを袖を伸ばして受け取った。直接握ると火傷しそうだ。

「コーヒー飲み終わったらまた始めましょう。
そろそろ忘年会の一次会が終わるころっスから、書き入れ時っスよ」

と一足先に一缶空けた彼がプラカードを手に立ち上がった。
こっちもゆっくり味わってなどいられない、残りを喉に流し込むとあたしもビラの束を抱えて、再び駅前の雑踏の中に交じっていった。

「クリスマス特別企画、今ならお値段2時間――」

ノルマのビラを消化しようと、道行く男性たちに笑顔で手渡す。このスマイルも店の看板がわりなのだ。トオルくんの言うとおり、街には残業帰りのサラリーマンに交じってすでに出来上がっている酔客の姿も目立ち始めた。

「よかったらどうぞ♪」
と手渡したビラが、一瞥もされずに手の中で握りつぶされ、そのままポイと道端に投げ捨てられた――いつものことだ。冴羽商事のビラだって、配った後はそこら辺に散らばっているのだから。だが、あたしの足はそこで止まってしまった。




――サンタさん、もしいるんでしたら




と、この格好でお願いするのも何だけど、




――あたしに、クリスマスらしいクリスマスをプレゼントしてください




と天を見上げて祈りをささげたところで、そんなことをしても意味がないと気がついた。いかにも恋人たちが過ごす、ロマンティックなクリスマスなんてあたしたちには似合わない。そんなものを撩に求めるだけ無駄なことだ。こうして甲斐性なしの同居人のために、みんながイベント気分ではしゃいでいる中、せっせと働いてるのが結局のところお似合いなのだ。

「大丈夫っすか、香さん」

呆然と立ち尽くしてしまったあたしにトオルくんが声をかける。

「ううん、平気。さっ、とっととビラ全部配っちゃいましょ」

そう言った途端、




ふわっと目の前が遮られた。


そして包み込むような煙草と――硝煙の匂い。




慌てて視界を覆うものを頭から除けると
そこに立っていたのは、赤いTシャツのサンタクロースだった。

「りょう――」
「なんだよその格好は、風邪ひくぞ」

投げかけられたコートを、思わず掻き抱くように前を合わせた。

「今までどこに行ってたのよ!なんで連絡よこさなかったの!心配してたのよ!!」

新宿の駅前でよれよれのコートをかぶったミニスカサンタが声を荒げる姿は、相当人目を惹いたことだろう。

「ツケなんとかしに行ったに決まってんだろ!ほいよ、お前の店はこれで充分だろ」
とトオルくんに結構な厚みの封筒を手渡した。

「どうしたのよ、そのお金」
「ちっとばかり金になる仕事してきた」

それは面倒な部類の仕事だったのだろう、ここ数日アパートにも帰ってこられないほどの。とっさに撩に怪我が無いか確かめた。

「これでコイツが働く必要は無くなったんだろ?」
「え、ええ・・・まぁ」
「じゃあ預かってくな」

とそのまま、サンタクロースがプレゼントの袋を担ぐように、あたしは撩の肩に乗せられてしまった。

「こら、放せ!」
「報酬全額ツケの支払いに回されて、結局ただ働きなんだぜ。
そんな可哀そうなパートナーのために報酬になってやろうという
優しさはないのか?」
「あんたが金も無いのに飲み食いするのが悪いんだろ?いいから降ろせ!」
「それにそんな格好しているおまぁも悪い」

いくらジタバタしたところで、この筋骨隆々たるサンタの腕の中から逃れられそうにはない。どうやらあたしには、普通の恋人同士が過ごすような甘いクリスマスとは到底縁が無いようだ。

かの名曲とは・・・全然関係ありませんね【爆】
サンタコスでビラまきするカオリン、定番っていやぁ定番ですが
先日の新宿オフで「この辺でミニスカサンタでビラまいてるのかな」と
一人でニヤニヤしておりました。


City Hunter