彼だけの女神(ミューズ)

「んーっ、次」
「だめだ、イメージに合わない」

原宿・表参道、ブティック・エリ・キタハラ本店の、いわばVIPルームともいうべき一室で今年の春の新作を着飾ったショップスタッフ――店員とはいえ、お客様の最も近くでエリ・キタハラのファッションを見せるのだ。ショーモデルと役割は変わらないし、それと同等のスタイルが求められる――をとっかえひっかえしてるのは、高いスーツにロレックスのエグゼクティヴなんかではなくて・・・いつものように薄汚れたよれよれのコートと、洗濯を重ねて色あせた赤のTシャツの、親友の恋人。
よくもまぁスタッフがこんな格好の客を店に入れたなと思うけど、その彼がなんで高い椅子にふんぞり返ってセレブな買い物をしているかというと、どういう風の吹きまわしか、香の誕生日プレゼントを探しに来たのだ。あの、彼女の目の前で私を口説こうとしていたような冴羽さんがよ!
そうなれば彼女の親友として私も協力しないわけにはいかないじゃない。

「でもわたしに任せてくれれば完璧なコーディネートしてあげられるのに」
「絵梨子さんが選んだら絶対ヒラヒラのになるだろ。
そんなのアイツに似合うわけないって」
「あら、でもあのときのファッションは似合ってたじゃない!
そりゃ長い髪のカツラかぶってメイクも完璧だったけど
でも冴羽さんは香だって気づいてたんでしょ?
少なくとも香はああいう女性らしい恰好も似合うのよ!
ただ冴羽さんが普段ああいう格好をさせてないだけでっ」
「はいはい、判った判った。わあったからさぁ」

女の意見をこうやって黙らせるのは男の悪いくせ。冴羽さんもそんな男の類に漏れないらしい。だが、

「だけどさ・・・それって香の一側面に過ぎないんじゃないかな。
確かにあいつにも女らしい一面はあるけど、それだけが香じゃないだろ?」

そう、私の親友は「女らしい」とか「男っぽい」なんていう簡単な言葉でくくれないような、多面的な魅力を持っている。ショートヘアと長身の外見、シティーハンターのパートナーとして危険な仕事にも立ち向かい、ときには彼に制裁のハンマーを下す姿からは想像できないかもしれないけど、ああ見えて家庭的だし結構控えめで、我慢強くて芯の強い、どこか古風な女性を思わせるところがある。
カツラをかぶってばっちりメイクもすれば世の男たちの眼を惹きつけるほどの美人なのに、恋愛には奥手。と思いきや、最近ではどこか大人びた、愁いを帯びたような表情を浮かべることもある――その原因は十中八九、この目の前にいる男だ。

思えば、昔から私のデザインのモデルはいつも香だった。
高校生のときもいつか彼女がそれを着てステージを歩くことを夢見てデザイン画を描いていたし、プロのデザイナーとなってからも頭の中には常にキャットウォークに立つ香がいた。そして香に似合うかに合わないかが私の判断基準でもあった。
その思いは数年前、久しぶりに彼女と再会してより強くなった。高校を卒業して以来、さまざまな魅力を身につけた香、その魅力全てを一着の服で表すことができたら――だが、どう努力してみてもそれは彼女の一面を表しているにすぎなかった。未だもって「香に似合う服」というのは私の果てしない目標だった。

とはいえ、今年の春物はもう総て見せつくしてしまった。その中で冴羽さんが首を縦に振ったのは一つもない。だったら、あとはコーディネートの腕の見せ所。
一度見せた服をまた別の組み合わせで、ときには定番商品と合わせて、また別の魅力を引き出すことはできるはずだ。

前身ごろにシャーリングの入ったカットソー――ドレープづかいはエリ・キタハラの十八番だ――にマーメイドラインのスカート。トップスは光沢のある素材を使い、それがドレープの美しさをより際立たせている。だが、

「ボツ。そんなひらひらしたスカートじゃいざっていうとき動きづらい。
ドアに挟まれるなんてこともあるしな」
「そんな――だからこそ、たまにはひらひらしたのも着せてあげなきゃ」
「絵梨子さん、俺たちはいついかなるときも危険と隣り合わせなんだ。
それも忘れてただいい格好だけはできない」

確かに――冴羽さんたちの危険な日常は、その片鱗だけでも知っている。現に私も巻き込まれたことがあるし、だからこそ彼の言葉には説得力がある。
でも、ここで引き下がってはデザイナー、エリ・キタハラの名がすたる。

襟元に細かいプリーツの入ったフェミニンなオフホワイトのブラウスには、正面にぴしっと折り目のきいた紺のクロップトパンツと合わせてみる。こういう丈の短いパンツは快活な彼女には似合うし、ブラウスの袖は透ける素材の、緩やかなパフスリーブになっていて、香の普段は表に出ない可愛らしさを十二分に引き出してくれるはずだ。だが、

「だめ、却下」
とすげなく切って捨てる。

「そう?いい組み合わせだと思うけど。
香の相反する二つの面が綺麗に調和してるんだけどなぁ」
「でもあのふわふわはないだろ。香の趣味じゃない」
「趣味じゃないって、冴羽さんが着せないだけでしょ。
だってわたしが送ってあげた服の中にも――」
「多少無理して着てるだけだ。せっかく親友から貰ったんだから
せめて絵梨子さんの前では喜んで着てやりたいんだろ。
それにただで貰ったんだからもったいないってのもあるだろうしな。
まったくケチくさいよな、アイツは」

そうだ、香はいつも自分のことより相手のことばかり気を遣う子だった。相手に喜んでもらう、笑顔になってもらうためなら自分の意志などいくらでも曲げられる。それは昔から変わらなかったのに――。

「たとえ似合ってても好みに合わなきゃ着たくはないさ。
それに――せっかくのプレゼントだ、どうせだったら喜んで着てくれるようなものを選びたいしな」

そう言う冴羽さんの頬が少し赤らんで見えたのは気のせいだろうか。
だが、声を大にして言いたい、香はヒラヒラふわふわも本当はとってもよく似合うのよーーーっ!こうなったら彼女のウェディングドレスは少女趣味全開なものを作ってやるんだから。それには決して文句は言えまい。
だが、香のためのプレゼントがまだ決まらないという現状は変わらない。

「――判ったわ。ミカちゃん、アトリエからアレ持ってきて」
「ですが先生、アレは――」
「だってもうアレしかないでしょう。早く!」
と言うとアシスタントを上のアトリエへと走らせた。

「ところで、どういう風の吹きまわし?
冴羽さんが香に、それもわたしの服をプレゼントだなんて」
「そっ、それはだな・・・」

どうせアトリエの奥にしまいこんであるブツを取ってくるまで時間がかかる。その間にここに至るまでの経緯を冴羽さんからじっくり聞くのも悪くはない。

「たまには二人っきりでどこか雰囲気のいい店にでも行こうっていうのに、
香のヤツなんて言ったと思う?『着ていく服が無い』だとさ」

あら、私の知らない間にずいぶんいい展開になってるじゃないの。

「あの鈍感、ほっといたらいつまでたっても俺の気持ちに気づきそうもないから
せっかくお膳立てしてやろうっつうのに」

確かに香の性格は恋愛向きじゃないものね。あれから少しは変わったかと思ったら、高校生のときと全く進歩が無いんだもの。だから、ロマンティックなムードに持ち込んで口説き落とそうというわけか。いわばあの日のデートの再現、またはリベンジといきたいところなんでしょうけど――

「それは冴羽さんが100%悪いわね。
普段『男女』だの『オカマ』だの言ってるツケが回ったのよ」

まるで狼少年だ。いつも心にもないことばかり言っていたから、いざ本心を打ち明けようとしても信じてもらえるわけがないじゃない。

「じゃあ、なおさら香にふさわしい服を選んであげなきゃいけないわね。
冴羽さんが香のことをどう思っているかが一目で判るような」

でも、恋人が愛する女性のために、最も彼女らしい服を選ぶ、これって最高のプレゼントじゃない。これで香がこの服に込めた冴羽さんの想いに気づかないようなら、手の施しようのない鈍感と言わなければならないだろう、我が親友ながら。もちろん、そのプレゼントが本当に香に似合うことが大前提だけど。

そのとき、何着もの服を抱えてミカちゃんが降りてきた。
その中から一着を選んで、スタッフの一人に試着させた。

試着室から彼女が出てきたとき、私も――そして冴羽さんも、一瞬息をのんだ。
シンプルなデザインのワンピース。だが白地に、大胆なタッチでオレンジ色の大輪の花が描かれていた。今年の春夏物のコレクションで発表したもののお蔵入りになった作品だ。だって、こんなあでやかなドレス、似合うのはこの世で一人いるかいないかだもの。

「どう、冴羽さん?」

これにははっきり言って自信があった。
彼もまたドレスを食い入るように見つめている。

「これはこれで・・・ちょっと派手すぎるんじゃないか?」
「そうね・・・香でもちょっと負けちゃうかも」
「いや、香なら勝ちそうだけど」

あら、ご馳走さま。そのセリフ、そっくりそのまま本人に聞かせてやりたいものだわ。しかし、

「買っても負けても着る人間とケンカするような服じゃ引き立て役にならないだろ」

それはそうだった。
この大胆な花柄は香の持つ明るさ、元気の良さは表わしていても、彼女の魅力を引き出すものにはなっていない。仕方がない、この試作品はまたもお蔵入りだ。

「じゃあ先生、一体どれだったら――」

傍らのアシスタントが心配そうに覗きこむ。目の前に広げられた試作品の中から選び出したのは――何の飾り気のない、シンプルな白のドレスだった。
それはシンプルなシャツワンピースだったが、ウェディングドレスを思わせる純白――ここが私の大きなこだわり。服で個性を表せないのなら、真っ白なキャンパスにしてしまえばいい。その服に色をつけるのは着る人自身なのだ。もっとも、それは強烈なキャラクター無しで着こなせるものではないのだけど。

「冴羽さん、これなら――」

返事は無かった。ただ真っ白なドレスを瞳に焼きつけるように――頭の中ではこれを身にまとった香を思い浮かべているのだろう――じっと目を凝らしていた。
ドレスはウェストが共布のリボンで止められるようになっていて、その襞が綺麗に出るように、さすがの私も苦労したものだ。もちろん流行の太めのベルトで止めてみてもアクセントになるだろう。

「一応、コートドレスになっていて、ボタンを全部外せばスプリングコートにもなるのよ。もちろん、これだけで着てもいいし、この下に他のドレス――たとえばさっきみたいなプリントのものとかも合わせてもいいわよね。こういう着回しがきくのって、香のことだもの、きっと気に入ると思うんだけど」

まるで出来の悪い店員のように必死で言葉をつなぐ。いや、私の言いたいことはそんなことじゃなくて、いかにこのドレスが香にふさわしいか――。

「白だと汚れが目立つって香がうるさいだろーな」

そんなたわいもないことをぼそっと冴羽さんがつぶやく。だが、その眼は真剣だった。

「でもさ、だからこそ俺が買ってやらないと一生着ないだろうな、こんな服」
「じゃあ、このドレスでお決まりですか?」

アシスタントが顔をほころばす。しかし、次の瞬間、

「ですが先生・・・」

そうだ、実はこれもまた試作品だから値札は付いていない。

「いいわ、冴羽さん。あなたがこれにふさわしいと思う値段を払ってくれれば」

今すぐ払えと言うつもりもない。冴羽商事が常時火の車だということは私だって知っている。だから払ってもらえるときに払ってもらえればそれでいいのだ。それで、親友の幸福に一歩でも近づけるのなら。

高級ブティックに似合わないよれよれのコート男は、エリ・キタハラのロゴ入りショッピングバックを片手に悠々と店を出て行った。手元に残った領収書の控えには「もっこりのツケ帳消し!」の文字が・・・まぁ、彼にしてみれば結構奮発したのかもしれないが。
その帳消しになった分はいずれ香が代わりに払ってくれることになるだろう、このプレゼントが功を奏せば。そして今度はウェディングドレスだ、同じように純白の、そしてヒラヒラふわふわの――趣味じゃないとは言わせない、絶対彼女に似合うはずなんだから。

「さあミカちゃん、私たちにもやらなきゃいけないことができたわよ」
「あの・・・なんでしょうか?」

「このコートドレスを商品化するのよ!来年の春夏――
いいえ、今年に間に合わせるわっ」

きっと香は真っ白なドレスを彼女自身の色で染めてくれるだろう。だからこそ、現金なものだが、他の人がどう自分の色に染めるかが見たくなったのだ。
早い話が、これは売れると。

「多色展開にすれば着る人を選ばないと思うわ。
白も真っ白じゃなくてオフホワイトにすれば着やすいと思うし――
そうそう、汚れにくいように防染加工を施した方がいいわね」
「じゃあ生地メーカーに問い合わせてみます!」

同じようなドレスを着て街を歩く女性たちを見て、香は、そして冴羽さんはどう思うだろうか?意地悪なようだが楽しみなことでもあった。
もちろん、香以上に似合うのはいないと思うけれど。


プレゼントって、あげて喜ばれるのもうれしいですが
選んでるときも楽しくありませんか?
そんなわけで、香がそれを着た姿を思い浮かべながら
あーでもない、こーでもないとプレゼントを選ぶ撩も意外と楽しかったはず。
店主はそんなエリ・キタハラのVIPルームで『セレブ買い』している撩を書けただけで楽しかったですw
とはいえ、店主は自分のファッションセンスに自信が持てないんで
ここに出てくる服は通販カタログ見ながら選んだものです。
ところでエリ・キタハラの服ってどんなものなんでしょ?

よかったねカオリン、こんな撩の愛情のこもったプレゼントが貰えて。
ということで

Happy Birthday, 香!


City Hunter