Sweet Temptation

バレンタインデイは女性から男性に愛をこめてチョコレートを送る日、というのは日本だけの習慣。本場のバレンタインは男も女も関係なく愛する人にその想いを伝える日。プレゼントもチョコレートとは限らず、甘いものなら大抵OK。これがグローバル・スタンダード。
試しに英和辞典で“white day“という言葉を引いてみるといい。おそらくどこにも載っていないだろうから。

そんなわけで1ヶ月前は雰囲気のいいフレンチの店でのディナー、もちろんオレ持ちで。(女性からプレゼントを貰う日のはずなのに、同じようにディナーの勘定を払っていた男が多かったのはなぜだろう?)カズエからもチョコレートと「商売道具だから」と万年筆をプレゼントされた。
チョコレートはベルギーのショコラティエによるプラリネ、レミーマルタンの効いたとろけるようなトリュフはハート型。しかしチョコよりもワインよりもその夜はカズエに酔わされてしまい――おっと、それ以上はプライベートなトピック。

今日は彼女がディナーのお返しと料理の腕を振るうという。だがこちらからもチョコレートとプレゼントの返礼をせねば、と抱えている紙袋の中にはボルドーのシャトー・カロン・セギュール。名前は知らなくてもハートのラベルといえば知っている人もいるだろう。少々ベタだが今夜のようなイベントにはもってこいだ。

そしてちょうど真半球のワイングラス。赤ワインを味わうには不向きなグラスだということは判っている。ボルドーを味も薫りも味わいたいなら淵が内側にカーブしたチューリップ型、別名ボルドー型のワイングラスというのが常識。だが二つ合わせると真球となるこのグラスはまるで自分たちのようだ。
プラトンの人間球体説――元来人間は男と女で一つの球体だった。しかし神がその仲を嫉妬し、それぞれ半球にしてしまったのだという。だから男と女はその片割れを求めて彷徨うのだ。そして自分にぴったりと合うかつての片割れと出会うのは奇跡だと。
少々どころかかなり気障だが、こうして想いは形にしてやらなければ。お互いに過去のことやら今の仕事やら、不安は尽きないからこそなおさら。

Sweet homeではカズエがボルドーに合う料理を腕によりをかけて作っていることだろう。メドックのこのコクのある赤に合うのはビーフのグリルかラム肉か、それとも目先を変えて脂の乗った白身魚の赤ワインソースとか。
だが、my dear(しまった)!肝心な物を忘れてしまっていた。ディナーに食卓を飾る花が無ければ――ガリョウテンセイを欠く、というのだろうか。でもさて、何の花を飾るべきか。ここはやっぱり真っ赤なバラか・・・いや、ここまで王道のベタで攻めた以上、赤いバラだと煩すぎる。じゃあピンクにすべきか、それとも別の花、例えば「愛の告白」のチューリップとか、それか今日の誕生花か・・・。

「あら、ミックじゃない」

アパートに戻る前にとりあえず花屋に寄っていこうと思ったら、カオリに呼び止められた。残念ながらオレにはジャストフィットしなかった半球。

「その袋、かずえさんにホワイトデイのお返し?」
「といったところかな。バレンタインにはお互いにプレゼントしたから」
「そうよね、バレンタインは本当は女から男って決まってるわけじゃないんだもんね。撩だってあっちにいたんだから多少何かくれたっていいのに」
「で、今日は何かもらったのかい?」

すると彼女の口元が不満そうに歪んだ。

「それがなーんにも。3倍返しとは言わないまでも、ドロップの缶でも別にいいのに
撩ったらそれすらも嫌みたいで、朝から顔を合わそうともしないんだから」

お返しがドロップでもいいなんて泣かせるじゃないか。世の女たちはいかにチョコレートでアクセサリーやらバッグやらを釣るかと躍起になっているのに、彼女が求めているのはそんな数字で計れるものではなく、たとえ安物でもそこに込められた気持ちなのだから。ただ気持ちだけで形が無くても寂しいものだが。

そこに気持ちを形にするのも嫌という筋金入りのシミッタレがやってきた。その右手は背中の後ろに隠して。

「あら撩、今日がどういう日だか当然判って――」

カオリの追求を遮るように、その右手に握られたものをぬっと彼女の鼻先に突きつけた。

「誤解すんじゃねぇぞ、花屋の店先で叩き売りしてたから買ってきただけだからな」

見ればそれは花束は花束だが、安っぽいセロハンで包まれただけの、申し訳程度に赤いリボンが結わえられた貧相な花束だった。そしてその主役たる花は淡いピンクの色彩こそ可憐だが、長い茎の先に小さな花が集まって咲いているだけの、おおよそ女性にプレゼントするようなものではなかった。その見た目だけでは。

「まぁ、お返しが何もないってよりはマシよね。
いいわ、ありがたく受け取ってやるか」

そうは言いながらもカオリの表情は嬉しさを隠そうとしてもなお表に出てきてしまうといったものだった。

「そんなにリョウから貰ったのが嬉しいかい?」

花束を突きつけるだけ突きつけてあのシミッタレが去っていった後カオリにそう訊いたら、まるで行きつけのカフェのマスターのように彼女は耳まで真っ赤になった。

「だって花なんて貰ったの、卒業式ぐらいしかなかったし・・・
それにしちゃ地味な花だけど」
「イベリスっていうんだ。イベリア半島に自生するからその名が付いたんだ」
「ふぅん」

この程度で真っ赤になってしまうのだから、その先は言わない方がいいかもしれない。
別名キャンディタフト、小さい花がまるで砂糖菓子のように見えるのがその名の由来らしい。まったく、それでホワイトデイのお返しのつもりというのがアイツらしいといえばらしいが、その花言葉は「甘い誘惑」――いくらカオリがヤツも手を焼くほどのドンカンとはいえ、そこまで大胆なことをしでかすのは彼女には判るまいとタカをくくってのことか、それとも確信犯か・・・。

そこまでするんじゃその花の意味をカオリに教えてあげるべきか。

それよりも今夜の食卓に何の花を飾るのかを考えるのが先だった。もちろんキャンディタフト以外の花で。アイツの二番煎じはもう御免だから。

キャンディタフトって実は3/14の誕生花でもあるんですよね。
(誕生花は本やサイトによって違いはありますが)
でも「キャンディタフト」名義では花言葉は「柔和」
同じ花でも「イベリス」名義では2/11で、花言葉はこっちが「甘い誘惑」
何で違うのかよく判りません。

ホワイトデイでキャンディタフトっていうより
ミックのスノッブなホワイトデイを書きたかった、それだけ。
カロン・セギュールなんて、ベタすぎる・・・【笑死】


City Hunter