Sweet Temptation |
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バレンタインデイは女性から男性に愛をこめてチョコレートを送る日、というのは日本だけの習慣。本場のバレンタインは男も女も関係なく愛する人にその想いを伝える日。プレゼントもチョコレートとは限らず、甘いものなら大抵OK。これがグローバル・スタンダード。 試しに英和辞典で“white day“という言葉を引いてみるといい。おそらくどこにも載っていないだろうから。 そんなわけで1ヶ月前は雰囲気のいいフレンチの店でのディナー、もちろんオレ持ちで。(女性からプレゼントを貰う日のはずなのに、同じようにディナーの勘定を払っていた男が多かったのはなぜだろう?)カズエからもチョコレートと「商売道具だから」と万年筆をプレゼントされた。 今日は彼女がディナーのお返しと料理の腕を振るうという。だがこちらからもチョコレートとプレゼントの返礼をせねば、と抱えている紙袋の中にはボルドーのシャトー・カロン・セギュール。名前は知らなくてもハートのラベルといえば知っている人もいるだろう。少々ベタだが今夜のようなイベントにはもってこいだ。 そしてちょうど真半球のワイングラス。赤ワインを味わうには不向きなグラスだということは判っている。ボルドーを味も薫りも味わいたいなら淵が内側にカーブしたチューリップ型、別名ボルドー型のワイングラスというのが常識。だが二つ合わせると真球となるこのグラスはまるで自分たちのようだ。 Sweet homeではカズエがボルドーに合う料理を腕によりをかけて作っていることだろう。メドックのこのコクのある赤に合うのはビーフのグリルかラム肉か、それとも目先を変えて脂の乗った白身魚の赤ワインソースとか。 「あら、ミックじゃない」 アパートに戻る前にとりあえず花屋に寄っていこうと思ったら、カオリに呼び止められた。残念ながらオレにはジャストフィットしなかった半球。 「その袋、かずえさんにホワイトデイのお返し?」 すると彼女の口元が不満そうに歪んだ。 「それがなーんにも。3倍返しとは言わないまでも、ドロップの缶でも別にいいのに お返しがドロップでもいいなんて泣かせるじゃないか。世の女たちはいかにチョコレートでアクセサリーやらバッグやらを釣るかと躍起になっているのに、彼女が求めているのはそんな数字で計れるものではなく、たとえ安物でもそこに込められた気持ちなのだから。ただ気持ちだけで形が無くても寂しいものだが。 そこに気持ちを形にするのも嫌という筋金入りのシミッタレがやってきた。その右手は背中の後ろに隠して。 「あら撩、今日がどういう日だか当然判って――」 カオリの追求を遮るように、その右手に握られたものをぬっと彼女の鼻先に突きつけた。 「誤解すんじゃねぇぞ、花屋の店先で叩き売りしてたから買ってきただけだからな」 見ればそれは花束は花束だが、安っぽいセロハンで包まれただけの、申し訳程度に赤いリボンが結わえられた貧相な花束だった。そしてその主役たる花は淡いピンクの色彩こそ可憐だが、長い茎の先に小さな花が集まって咲いているだけの、おおよそ女性にプレゼントするようなものではなかった。その見た目だけでは。 「まぁ、お返しが何もないってよりはマシよね。 そうは言いながらもカオリの表情は嬉しさを隠そうとしてもなお表に出てきてしまうといったものだった。 「そんなにリョウから貰ったのが嬉しいかい?」 花束を突きつけるだけ突きつけてあのシミッタレが去っていった後カオリにそう訊いたら、まるで行きつけのカフェのマスターのように彼女は耳まで真っ赤になった。 「だって花なんて貰ったの、卒業式ぐらいしかなかったし・・・ この程度で真っ赤になってしまうのだから、その先は言わない方がいいかもしれない。 それよりも今夜の食卓に何の花を飾るのかを考えるのが先だった。もちろんキャンディタフト以外の花で。アイツの二番煎じはもう御免だから。 キャンディタフトって実は3/14の誕生花でもあるんですよね。
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