salty snow

カクテルを片手に外の通りを眺めていた。グラスの中身はソルティドッグ、飲みやすいのでついついこれにしてしまう。といっても自分で作るんじゃなくて缶入りのを買ってくるんだけど。そしていつもは直接缶に口をつけて飲んでしまうカクテルも、今夜は特別。グラスに注いで、縁に塩をつける。由緒正しきスノースタイル、だってクリスマスイヴだもの。
だけどそのグラスもわずかに雪が降り積もっているだけ。中身はとっくに飲み干してしまった、撩を待ちきれなくて。

真っ暗な部屋にツリーの灯りがちらちらと点滅する、まるで空気が読めていないように――アニキと暮らした家から持ってきたものだけど、ここ最近は面倒で出すのも忘れていた。だけど今年は新しいオーナメントも買って、せっかく飾りつけたのに。
部屋の灯りはツリーの電飾と、小さなキャンドルの炎だけ――撩が帰ってきたらびっくりするように照明は落としてしまっていた。

――まるでマッチ売りの少女ね。

キャンドルのかすかな灯りを見つめながらそんなことを思う。

テーブルの上にはブッシュドノエルにローストチキン――ミックとかずえさんに作り方を教わったの。流れるクリスマスソングも実はCat’sでかかっていたCDを借りてカセットに入れただけ。ここからじゃ見えないけど、玄関のドアにはリースも飾ってある。
いつもはお金が無かったり、時間が無かったり、お金も時間も無かったりととてもクリスマスなんて祝える状況じゃなかった。でも今年は幸運なことにその両方とも困らない程度にあるので、二人きりでイヴの夜を過ごしたかった。
だけど肝心な――撩がいない。

揺らめく炎に照らされたクリスマスの風景が、まるでマッチの魔法が見せた幻のように思えた。キャンドルが消えると同時に跡形もなく消えてしまうような。そのキャンドルも残りわずかだ。

ふっと灯りが消えた。部屋を照らすのは移り気なツリーだけ。だが、それも束の間、目が痛いほどの光に覆われた。

「おまぁ何やってんだ?こんなに部屋暗くして」

照明のスイッチのそばに佇む男の姿。暗い部屋に慣れた目には眩しすぎるくらいだ。

「撩のバカ!!ねこまんまの営業電話にほいほいのせられやがって!」

その胸ぐらにくってかかる。

「だって金の無いときにふらふら呑み歩くなっていうんなら、いったいいつ――」
「今日はクリスマスイヴなんだぞ!」

この日を忘れていたなんて言わせない。そのイヴもとっくに終わってしまった。それを告げるようにカセットが止まった。
時計は1時半を指していた。部屋に響くのはやけに大きな秒針の音だけ。
ようやくこの鈍感男は華やかな食卓に気づいたようだ。

「ご馳走、冷めちまったな。でもいっか、どうせ本番は今日なんだし。
そういや知ってた?サンクスギビングのターキーって当日じゃ食べきれないから
そのあとしばらく毎日ターキーなんだぜ」

そして空になったグラスにも。すると撩が持ってきたのはシェーカーと何本かの酒瓶。ちゃっかり自分の分のバーボンも持ってきたのが気に食わないけど。どこから探し出してきたのか、残りのキャンドルも。
そしてまた照明を落とし、火をつけた。ほのかにキャンドルのいい匂いがする。何の匂いかは判らないけど。

「クランベリーだな」

ずばり言い当てた撩が気にくわない。その撩がシェーカーを振る。実は彼の知られざる特技だ。その手さばきにいつも惚れ惚れとしてしまう。だが今夜は違う。
銀色のシェーカーが揺らめく炎を反射させる。その奥にぼんやり浮かび上がる撩の姿。それもまたキャンドルが見せた幻影、まるであたしの知らない撩のようで。

すっと撩がグラスを差し出した。
縁にはうっすらと雪が積もる。そして中身も雪が降ったような白だ。

「ソルティドッグだけがスノースタイルと思ったら大間違いだぜ」

グラスに口をつけてみるとほんのり甘い。さっきまでの涙のようなしょっぱさとは違った、砂糖の雪。そしてライムのほんのりとした甘酸っぱさ。
でも、こんなので許してあげられるほど、撩がしでかしたことは小さくない。

「なあ、これで機嫌直せ――」
「だめっ」

撩の腕をギュッと掴んだ。そしてソファの隣に引き寄せる。

「じゃあどうしたら許してくれるんだ?」
「夜が明けるまでそばにいて」

その広い胸板にもたれかかった。
そんな甘ったれたことを口にするなんて、すっかり酔っていたのかもしれない。
だが、

「そうか、そのくらいだったらいくらでも」

ってはーなーせーっ、このもっこり色魔!

「そうじゃなくって、朝までおしゃべりとか――
そうだ、さっき感謝祭の七面鳥がどうとか言ってたじゃない。
その話、詳しく聞かせてよ」
「いいのか?――つまんねぇ話だぞ。
確かあれはケニーと組んでた頃・・・いや、マリィーがいたっけ?」

そうやって、あたしの知らない撩がひとつずつあたしの知ってる撩になっていけばいい。背中には撩のぬくもり、それはたとえキャンドルの炎が消えても無くなってしまうような、不確かなものじゃないのだから。


CHでクリスマスソングといえば『Snow Light Shower』!
ということで、初めて聴いたときにぱっと思い浮かんだ情景を
そのまま形にしてみました。まず最初の歌詞で浮かんだのが
スノースタイルのカクテルグラスだったのよ【笑】
ソルティドッグは店主も好き♪
そして撩の作ってくれたカクテルはその名も『雪国』
本当はグラスにグリーンチェリーを入れて出来上がりなのですが
冴羽家にはそんなもの常備してないでしょう【笑】
ただ、口当たりはいいんですが度数が高いカクテルらしいので
どうやらカオリン、本気で酔っぱらったかもしれません。
こっちはちょっぴりBitter、後Sweet編ですが、皆さま

Merry Christmas!


City Hunter