Christmas for you

泣かせて怒らせてケンカして 積み上げてきた恋

なんて歌がクリスマスソングに交じって聞こえてきた。まるで自分たちのようだ、と思ってたら隣で香がクスリと笑った。

街はクリスマス・イヴ。普段はロマンティックのかけらもない歌舞伎町ですらイルミネーションで飾られるこの時期、新宿駅前もいつも以上の人込みだ。ただ依頼を確認してきた帰り道であっても、自然と肩を寄せ合う格好になってしまう。もちろん今日もXYZは無し。もっとも、それはそれで平和なイヴだということなんだろうが。
そして、今年もホワイトクリスマスは期待できそうにないが、降れば雪になりそうな冷え込み。だが、こうして身を寄せ合っていればそんなことも忘れそうだ。

「あっ、見て見て!」

人波の中、香がショーウィンドウの前で立ち止まった。

「綺麗ねぇ・・・」

宝石店の窓辺に飾られていたのは、雪の結晶の形のペンダント。雪のように白くきらめいているのはおそらくプラチナの台座にちりばめられたダイヤだろう。

「やめとけ、そんなん買ったってつけられるのは冬の間だけだろ?もったいない」

それに俺たちに買える値段じゃないだろ、とその場から引きはがすように腕を引いた。女ってやつはなんでこうも光りモノが好きなんだろうか。香もそのご他聞には漏れず、人ごみに押されながらも未だちらちらとショーウィンドウを気にしていた。
そして、もう片方の俺の手はポケットの中の、剥き出しの冷たいチェーンを無意識のうちに弄んでいた。

「っはあ。ようやく抜け出せたわね」

いくら毎日おびただしい人が行き交う東京・新宿とはいえ、年に数回あるかないかという人ごみにすっかり揉みくちゃにされてしまった俺たちは、家に着く前に近くの小さな公園で小休止と決めこんだ。

「ほいよ」
といつものように缶コーヒーを投げて渡す。
慣れたもので、香もそれをナイスキャッチする。が、
「あちちちち」

『あったかい』のコーヒーが手の中で踊る。俺もまた自分のブラックコーヒーを開けると、ベンチに座る香のすぐ横に腰をおろした。
――せめてイヴの今日ぐらい、きちんと手渡してやればよかったのに。

「香、お前もああいうの欲しいか?」

顔を見るのが気恥ずかしくて、新宿の濁った夜空を見上げながら尋ねた。

「ああいうのって・・・さっきのペンダントのこと?ムリムリ、
あたしたちの稼ぎで買えるような値段じゃなかったし
あんたのヘソクリで買ってくれるんだったらむしろツケの支払いに回してほしいくらいよ」
「だったらじゃあ、これもいらないのか?」

とポケットから取り出したのは―― 一本のペンダント。
さっきの繊細な、雪の結晶には遠く及ばない代物だ。ペンダントヘッドは流行遅れなほど大きく不格好で、正方形の菱形の真ん中には、これまた大きすぎて一目でガラス玉と判ってしまうような、水色の丸い石がはめ込まれていた。

「これ・・・どうしたの?」
「今日はイヴだろ。だから昼間ナンパしてたらサンタさんとバッタリ行きあって
『香ちゃんに会うんじゃこれを渡しといてくれ』って頼まれてさ。
忙しいよな、たった一人で世界中にプレゼント渡しに行くんだから」

そんな見え透いた作り話をしてやらなきゃ、とてもじゃないが素直に渡せない。なぜなら、自分の中に一抹のやましさがあるから――この不格好なペンダントには不格好にならなくてはならないだけの理由があった。
実はこの石の下に小型の発信器が仕込んである。今までは服のボタンに仕込んでおいたが、それだとボタンの無い服だとあいつの行方が判らなくなってしまう。だったらいつも肌身離さず身につけられるようなものを――たとえばペンダントだとか。

「ねぇ、つけてくれない?」

クリスマスイヴだからだろうか、いつにない素直さで香が頼んだ。
チェーンの留め具を外し、細いうなじに腕を回す。再び留め具を掛け、回した腕をそっと外すと、彼女の胸の上で、アクアマリン――彼女の誕生石――にも似た色のガラス玉が小さな街灯の光を反射させていた。

「大事にするね、このペンダント。毎日つけるから」

きっとこう言うであろう律儀さも計算済みだ。思わぬプレゼントに満面の笑みを浮かべる香に、胸が痛んだ。
そのとき、俺の首にふわりと暖かな――ちょっとちくちくした――ものが巻かれた。

「撩にもプレゼント。あの・・・マフラー、編んでみたんだけど――」

色あせたTシャツよりも濃い、深紅色というのだろうか。
そういえば秋口の少し肌寒くなったころから、リビングで毛糸と悪戦苦闘する香の姿をしょっちゅう見かけたものだ。赤い糸が腕に、体にもつれて絡んださまを見ては――まるで自分たちのようだ、と内心苦笑いを浮かべていた。

「ほら、あんたって冬でもそのぺらっぺらなコートにTシャツ一枚じゃない。
撩はそれでいいかもしれないけど、見てるこっちが寒くなってくるのよ。
あたしなんてほら、セーターにコートでもこもこでしょ」

照れてるのだろう、その場を取り繕うように早口でまくしたてる。

「でも・・・ここ、編み目飛んでるんだけど」

家事もトラップも器用にこなす香だが、慣れない編み物はまだまだ不器用らしく、編み目も粗く、ところどころこんな穴が開いていた。

「い、いいの!あんたは穴があいてようがなんだろうが寒くないみたいだし、
見てるあたしが寒いってだけで――」

さっきまでの素直さはどこへやら、顔を真っ赤にしながらも怒ったような表情で唇を尖らせる、いつもどおりの香の姿に思わず笑みがこぼれた。そのとき、

「あっ、雪だ・・・」

どんよりと低く垂れこめた夜空を見上げながら香がつぶやいた。
その言葉通り、真っ黒な空から落ちてくるとは思えないような白い雪がこの街に、この小さな公園にも舞い降りてきた。
香は雪を受け止めるように両手を差し出すと、子供のような純真な瞳でそのまま空を見つめていた。夜の闇に浮かぶ雪の一ひらははかなげな、小さなもので、

――まるで天使の羽だな。

この穢れた地上に降り立った瞬間、ふっと溶けて消えてしまいそうだった。
もともとこの時期の雪は降っても積もることはないのだが。
香の手のひらに落ちた雪も、次の瞬間にふっと消え去った。だが、消え去るその瞬間、俺のやましさも香の天邪鬼も一緒に消えてしまうような気がした。

「ねえ撩、ホワイトクリスマスだね」

香もまた、雪に心を洗い流されたような表情で俺に笑いかける。
クリスマスに雪が降る、たかだかそれだけのことでこんなに幸せそうな笑みを浮かべる彼女を見ているだけで、こっちもそんな小さなことが幸せに思えてくる。この幸福を、二度と手放したくない。
香に巻いてもらったマフラーをほどくと、それを香の首にもかけてやった――俺用に編んだだけあって、長さだけなら普通の倍はある。そして二人一まとめにしてくるりと巻いた。

「あ・・・ありがとう」

頬がリンゴのように真っ赤なのは寒さのせいだけじゃないだろう。

「そういえば撩にペンダントのお礼、言ってなかったよね」
「おいおい、お礼ならサンタさんに――」
「だってあたしのサンタクロースは撩だけだもの」

もしかしたら俺の後ろめたさなんて最初からお見通しだったのかもしれない。
だが香はそんなことをおくびにも出さずに微笑んでいた。

「じゃあ俺も、俺だけのサンタクロースにお礼をしないといけないな」

見上げればベンチの上に、昼間なら心地のいい木陰を投げかける枝には、自然にからみついたものだろう、ヤドリギが巻きついていた。誰かが掛けたリースなどではない、まさに神様、いや、天使のお膳立てというべきか。そんな習慣を言い訳にしなければいけない自分が情けないが、イヴの今夜だけは素直に――

「香、大好きだよ」

前ソロのクリスマスソングと言えば
『Merry Christmas to You』の方が有名かもしれませんが(え、知らない?)
冒頭の歌詞や、「いくつも季節を乗り越えて 恋は愛へと変わる」といったような
ベテランツンデレカップルぶりがまさしく撩×香だろ!ということで
featuring 『Christmas for you』 by前田亘輝です
前田氏の力におすがりして、ネックレスをつけてあげたり
二人で一本のマフラーにくるまったり、そして最後の決め台詞&ヤドリギchu♪と
甘々の王道を突っ走っちゃってますが、クリスマスですもの!
まずはSweet(ちょっぴりBitter)編で、皆さま

Merry Christmas!

City Hunter