Christmas for you |
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泣かせて怒らせてケンカして 積み上げてきた恋 なんて歌がクリスマスソングに交じって聞こえてきた。まるで自分たちのようだ、と思ってたら隣で香がクスリと笑った。 街はクリスマス・イヴ。普段はロマンティックのかけらもない歌舞伎町ですらイルミネーションで飾られるこの時期、新宿駅前もいつも以上の人込みだ。ただ依頼を確認してきた帰り道であっても、自然と肩を寄せ合う格好になってしまう。もちろん今日もXYZは無し。もっとも、それはそれで平和なイヴだということなんだろうが。 「あっ、見て見て!」 人波の中、香がショーウィンドウの前で立ち止まった。 「綺麗ねぇ・・・」 宝石店の窓辺に飾られていたのは、雪の結晶の形のペンダント。雪のように白くきらめいているのはおそらくプラチナの台座にちりばめられたダイヤだろう。 「やめとけ、そんなん買ったってつけられるのは冬の間だけだろ?もったいない」 それに俺たちに買える値段じゃないだろ、とその場から引きはがすように腕を引いた。女ってやつはなんでこうも光りモノが好きなんだろうか。香もそのご他聞には漏れず、人ごみに押されながらも未だちらちらとショーウィンドウを気にしていた。 「っはあ。ようやく抜け出せたわね」 いくら毎日おびただしい人が行き交う東京・新宿とはいえ、年に数回あるかないかという人ごみにすっかり揉みくちゃにされてしまった俺たちは、家に着く前に近くの小さな公園で小休止と決めこんだ。 「ほいよ」 「香、お前もああいうの欲しいか?」 顔を見るのが気恥ずかしくて、新宿の濁った夜空を見上げながら尋ねた。 「ああいうのって・・・さっきのペンダントのこと?ムリムリ、 とポケットから取り出したのは―― 一本のペンダント。 「これ・・・どうしたの?」 そんな見え透いた作り話をしてやらなきゃ、とてもじゃないが素直に渡せない。なぜなら、自分の中に一抹のやましさがあるから――この不格好なペンダントには不格好にならなくてはならないだけの理由があった。 「ねぇ、つけてくれない?」 クリスマスイヴだからだろうか、いつにない素直さで香が頼んだ。 「大事にするね、このペンダント。毎日つけるから」 きっとこう言うであろう律儀さも計算済みだ。思わぬプレゼントに満面の笑みを浮かべる香に、胸が痛んだ。 「撩にもプレゼント。あの・・・マフラー、編んでみたんだけど――」 色あせたTシャツよりも濃い、深紅色というのだろうか。 「ほら、あんたって冬でもそのぺらっぺらなコートにTシャツ一枚じゃない。 照れてるのだろう、その場を取り繕うように早口でまくしたてる。 「でも・・・ここ、編み目飛んでるんだけど」 家事もトラップも器用にこなす香だが、慣れない編み物はまだまだ不器用らしく、編み目も粗く、ところどころこんな穴が開いていた。 「い、いいの!あんたは穴があいてようがなんだろうが寒くないみたいだし、 さっきまでの素直さはどこへやら、顔を真っ赤にしながらも怒ったような表情で唇を尖らせる、いつもどおりの香の姿に思わず笑みがこぼれた。そのとき、 「あっ、雪だ・・・」 どんよりと低く垂れこめた夜空を見上げながら香がつぶやいた。 ――まるで天使の羽だな。 この穢れた地上に降り立った瞬間、ふっと溶けて消えてしまいそうだった。 「ねえ撩、ホワイトクリスマスだね」 香もまた、雪に心を洗い流されたような表情で俺に笑いかける。 「あ・・・ありがとう」 頬がリンゴのように真っ赤なのは寒さのせいだけじゃないだろう。 「そういえば撩にペンダントのお礼、言ってなかったよね」 もしかしたら俺の後ろめたさなんて最初からお見通しだったのかもしれない。 「じゃあ俺も、俺だけのサンタクロースにお礼をしないといけないな」 見上げればベンチの上に、昼間なら心地のいい木陰を投げかける枝には、自然にからみついたものだろう、ヤドリギが巻きついていた。誰かが掛けたリースなどではない、まさに神様、いや、天使のお膳立てというべきか。そんな習慣を言い訳にしなければいけない自分が情けないが、イヴの今夜だけは素直に―― 「香、大好きだよ」 前ソロのクリスマスソングと言えば Merry Christmas!
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