「襟足、伸びたんじゃない?」
そう言われて屋上での即席理髪店となった。
「ねぇ、前髪邪魔にならない?切ったげようか」
「変な風にすんなよ」
香の細い指が俺の髪を掻き上げる。それだけで心地いい。雨上がりの空気は真夏とは思えないほど爽快で、過ぎ去っていった積乱雲めがけて涼風が吹き込む。その風に流されて、切り落とされた髪がはらはらと落ちていった。
「撩の髪って、薄くなった?」
「んなわけないだろ。俺は万年ハ――」
「どっからどう見ても40過ぎのおっさんのクセに」
「それを言うな41歳」
「・・・外に出歩けないような頭にしてやろっかな。
それともいっそ、夏だから海坊主さんみたいに――」
「わぁったわぁった!」
バカとハサミは使いようというが、ハサミを持った人間には逆らわない方が身のためだ。
「多少細くなったくらいでちょうどいいんじゃないの?
昔は真っ黒な上に硬くて太くて量も多くて
おまけにくせっ毛で大変だったんだから」
「硬くて太くて真っ黒で、ねぇ・・・」
「・・・///バカ!何考えてんのよ」
「ナニ考えてんのは香ちゃんの方じゃないの?」
「――バリカン持ってこようかしら」
それはハンマー以上にキツい。
「でも髪も性感帯っていうぜ。
そういやよくお前も最中に俺の髪かきむしってるよな」
「あ・・・それは・・・」
「俺もおまぁの髪触れてるの好きだし」
同じくせっ毛でも俺のとは正反対の、柔らかな栗色の髪が夏の日差しを乱反射させていた。
「お前こそ気ぃつけた方がいいんじゃねぇの?
ネコっ毛だとそのうちぺしゃんこになるぞ」
「おかまいなく、まだまだボリュームはありますので。
はい完成。撩、鏡持って」
「こうか?」
合わせ鏡で香が襟足を映す。
「これくらいでいい?」
「ああ、おかげでさっぱりした」
「そう・・・」
と言って微笑むと、その笑みがにんまりとしたものに変わった。そのあとは・・・
「うりゃぁ〜〜っ」
と綺麗に切りそろえた髪に乱雑に指を突っ込んだ。散髪のいつもの仕上げ、くせっ毛の髪は切りかすが引っかかりやすいからこうして落とすのだ。こうやっても風呂上りのバスタオルに、梳かしたあとの洗面台に数週間は短い髪が落ちるのだが。
「はい、おしまいっ」
と言うと香は最後にぐちゃぐちゃになった髪を優しく撫でた。
「もうずっと20年近くこうしてるんだよね」
「・・・そうだな」
こいつと出会ってこのかた、いろんなことがあった。嬉しいことも、悲しいことも、痛みを分け合えず苦しんだ辛い夜もあった。でも今、こうして他愛もない日常を過ごしている俺たちは幸せだと思う。
香と過ごす、22年目の夏。

featuring TUBE『ひだまり』(“B☆B☆Q”2006年)
多少昨今のAH設定も入ってますが
店主の考える2006年現在の二人ってこんな感じです。
ていうか、同じく“B☆B☆Q”の『波乗りグッとチョイス』の
「あの頃に比べりゃ 髪の毛も薄くなったし」という歌詞で
AHの撩を思い出してしまったのがきっかけ【笑】
ということで
暑中&残暑お見舞い申し上げます。
2006Summer 店主
City Hunter
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