真夢逆夢 |
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夢を見た。 「何やらすっごく幸せな夢」だったのは覚えているんだが、何がすっごく幸せだったのかは思い出せない。ただぼんやりとした幸福感だけが空虚に胸の中に広がっていた。夢というのは目覚めた瞬間から、まるで砂で出来た城のようにさらさらと崩れていってしまうものだから。 眠りを妨げたのは下から響く香の声だった。 「りょー、朝ごはんが冷めちゃうから早く起きてきて!」 ったく、いつもはハンマー片手に乗り込まれるまで爆睡しているというのに。何で今朝に限って目が覚めちまうんだ。 「撩、おはよ。先にコーヒー要る?」 だぁぁっ、だから俺に喋りかけるんじゃねぇ! ――朝食の匂い? キッチン兼ダイニングにはいつもの安物の食パンとは違う芳醇なバターの匂いが漂っていた。それは軽くトーストされることによってより芳しさを増していた。 「ああ、このパンこの間ガソリンスタンドの福引で当てたんだ。 このバターの匂いを嗅ぐだけで幸せになれちゃう♪とすっかりご満悦そうだが、幸福感とは別の部分が胸の中で疼いていた。 「なんかテカってるぞ、唇」 朝食がパンのときは卵料理と付け合わせに、栄養のバランスを考えてサラダと、あればときどきフルーツというのがいつものメニューだ。だから変わり映えといったらサラダか卵料理のバリエーションくらいで、フライドエッグといっても早い話がいつもより油多めの目玉焼きだ。 「――撩には物足りないよね、きっと」 ――あれから俺たちの仲はわずかばかりの進展を見せた。といってもようやくキスを交わせるようになった程度だ。AからB,Cと進んでいかない。 突然、思い立ったように香はカップを持って立ち上がると俺の隣に腰かけた。そしておずおずと触れあいそうな距離までにじり寄る。 香も珍しく積極性を見せたものの、慣れないことをするものではなく、食卓は居心地の悪い沈黙に包まれていた。 「――そういえば、正夢って見たことある?」 焦れたように香が口を開いた。ってめちゃくちゃ俺にとってタイムリーなネタじゃねぇか。 「あんのかよ、おまぁは」 まさしく今の俺だ。 「逆に覚えてるのっていつも悪い夢ばっか」 カラ元気を装うようにつとめて明るく口にする。 「だからね、そういう夢は逆夢になるようにってお願いするの」 確かにそう考えれば悪夢だって吉兆へと変わる、現実の俺が死ぬ代わりに夢の中の俺が死んでくれているのだから。 「でもそれって都合よくないか? いい夢まで逆夢になってもらっては困る。夢の中で味わったえもいわれぬ幸福感が、それがどんなものだったのか見極められることなく夢のままで消えてしまっては。 「そっか・・・そうだよね・・・」 その間にも俺は目の前の朝食をすべて平げた。 「あのさ・・・やっぱり女の側から迫るのって、はしたないとか思うよね」 香の声が記憶の中の声と響き合う。だから、 「いいや。人によるかもしれないけど撩ちゃんだったら大歓迎♪」 と自ずと口をついて出る。なぜならそれは夢の中の自分の台詞だったから。 「そう・・・なの?」 こっちを向き直ってほっとしたような、でもまだ不安そうな表情で俺を見つめるのも全く同じ。そう、さっきまで俺を覆っていた霧のようなもやもやはすっかり吹き飛んだ。逆に、いきなり視界が開けすぎて怖いくらいだ。 「じゃあ・・・迫ってみても、いい?」 なぜなら俺が見た幸せな夢っていうのは、香からキスされる夢だったのだから。
お題は『何やらすっごくいい夢を見た撩ちゃん』でしたが、 その肝心カナメの「何やら」を言葉どおり最後まで引っ張ってしまいました。 おかげで話がすごく散漫になってしまったような【泣】 でも、夢って起きて朝ごはん食べて顔を洗うと忘れてしまいますよね。 たまに面白いのを見て「ネタに使える!」と思ってもorz 久々に原作ちょいな二人も書いてて楽しかったです。 ということで十波さま、こんなんでよろしかったでしょうか? リクエストありがとうございました。これからも当店をごひいきにm(_ _)m
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