ALL THE TIME〜彼女の日常〜

「ねえねえ、いいじゃん、バイトなんてサボっちゃいなよ」
「ノー、そういうわけにはいかないの」
彼女はそのライトブルーの瞳を大きく見開いてニコヤカに答える。長い栗色の髪がサラリと音を立てて揺れた。そしてそのまま声を掛けた同級生の引き止める言葉を待たないまま、彼女は大学の門を潜(くぐ)り抜けた。
「世の中物好きなやつが多いな」
その途端に門の脇の壁に寄り掛かるようにして立っていた少年が口を開いた。彼女は少年をチラリと横目で見ると、
「マコト、こんなところであなたよっぽど暇(ひま)なの?」
「誰がだ!人がわざわざ迎えに来てやったのに本当に可愛くねえな。まったく皆こんな女のどこがいいんだか」
少年──誠は憮然(ぶぜん)とした顔になった。娘は軽く眉(まゆ)を上げると 、
「迎えに?何かあったの?」
「・・・まあ、その話は後だ。いいからレミ、早く後ろに乗れよ」
クイッと誠が顎(あご)で差し示した先には彼愛用のバイクが置かれていた。娘──怜美は黙って誠の手からメットを受け取り頭に被る。誠はそのまま怜美を後ろに乗せてエンジンを掛けた。
「ねえ、どこに行くの!」
「『CAT'S EYE』に決まってんだろ!」
明らかに違反だろうというスピードで走るバイクに怜美は振り落とされそうになりながらも必死で叫んだ。
「何かあったの!」
「まあな!」
『CAT'S EYE』とは怜美のバイト先である喫茶店だ。怜美は高校を卒業してすぐに両親の知り合いが経営する『CAT'S EYE』でアルバイトを始めた。それから2年経った今では怜美はすっかり自他共に認める『CAT'S EYE』の看板娘となっていた

          *

「あ、ほら怜美ちゃんが来たわよ」
「怜美!」
「OH、愛しき我が娘レミ、待っていたよ!」
怜美はそこに両親の姿を認めて呆気に取られた。母親のかずえは『CAT'S EYE』のママである美樹に肩を抱かれたまま涙ぐみ、父親のミックはそんなかずえを前に 困った顔をしていた。
「ちょっと、こんなところで何をして」
「怜美、訊いてちょうだい!あなたのパパったら・・・他所の女に子どもを作ってたのよー!」
「NO、NO、それは誤解でえす!レミ、信じて下さい!」
泣き喚(わめ)く母親と必死に弁解する父親に、怜美は疲れたように右手でこめかみを抑(おさ)えた。
「・・・つまり、またいつもの夫婦喧嘩なワケね。こんなところで呆れた」
「いつもとは違うわよ!今度はよりによって子どもよ、子ども!」
「だからそれは誤解だって!」
怜美はぐったりとなって誠の方を振り返った。誠は大きく肩をすくめるとそっぽを向いた。次に美樹とカウンターの向こうで皿を拭(ふ)いている海坊主の方に視線を移すと、二人とも同情したように怜美を見ていた。怜美は再び大きくため息を付く。
「どっちにしろ何故わざわざここに?わたし今からバイトなんだけど」
「まあ怜美、何て冷たいことを!あなた、ママとパパが離婚してもいいって言うの!」
「離婚したいの?」
実のところミックの女癖の悪さで両親がもめるのはこれが初めてではない。離婚するのしないの騒ぐのもしょっちゅうだ。

「ミック、てめえドジ踏(ふ)んだんだって?」
そこにヘラヘラと笑いながら現れたのは『CAT'S EYE』では疫病神(やくびょうがみ)と言われている誠の父親だ。誠がゲッと呟いた。
「撩、滅多(めった)なこと言うじゃない!」
しかしすぐに後ろから入って来た誠の母親が父親──撩の耳を引っ張った。
「いてててて!香、止めろ!」
「お、おばさん、落ち着いて」
母親──香の隣り立っていた高校生の少年が慌(あわ)てて香を宥(なだ)める 。美樹はアアという顔になると、
「おかえりなさい良樹、今日は早かったのね」
「父さん母さんただいま。今日から定期試験一週間前だよ」
高校生の少年──海坊主と美樹の愛息である良樹(よしき)が返事をする。香は 申し訳無さそうに、
「そうだったのね。ごめんね、いろいろ付き合わせちゃって」
「あら、何かあったの?」
「大したことじゃないよ。居なくなったおじさんを探すのをちょっと手伝っただけで・・・」
「てめえみたいなガキにおじさん呼ばわりされる言われはねえ!俺はもっこりハタチのお兄さんだといつも言ってるだろうが!」
良樹に噛(か)み付いた撩に香は呆れたようだ。
「・・・あんた・・・今年から大学に通い始めた息子がいて、さすがにそのセリ フ恥(は)ずかしくない?」
「何のこった?俺に息子なんかいねえ」
「撩!」
怒る香に誠は肩をすくめた。
「俺だってこんなやつと同じ血が流れてると認めたくはねえけどな」
「そう?軽薄(けいはく)なところなんかソックリだけど」
怜美が真顔で言う。誠は顔を引きつらせたがすぐに頭を掻(か)くと、
「・・・それよりいいのかよ?あっちは放っておいて?」
撩たちが現れたせいで毒気が抜かれたようになっていたかずえがハッと我に返っ た。
「そうよ!怜美あなた、私がこんなにあなたのパパを愛してるのに離婚だなんて 」
その言葉にその場にいた者すべてが脱力した。本人は気付いてないが、さっきから言ってることが支離滅裂(しりめつれつ)である。
「OH、愛しいカズエ、だから誤解なんだよ。彼女の子どもは別れた前のご主人の子どもなんだ。彼もアメリカ人だったそうだよ」
「・・・本当に?」
「もちろんだとも!俺が君を裏切るはずがないだろう!」
「ああ、ミック!」
臆面(おくめん)もなく人前で堂々と抱き合う両親に怜美はやれやれという顔に なった。そして、
「はいはい、仲直りしたなら続きは家に帰ってやってね」
と言ってさっさとミックとかずえを追い出した。
「マスター、ママ、お騒がせしてごめんなさい」
美樹は柔らかく笑うと、
「いいのよ、うちは慣れてるから。ねえ、ファルコン?」
「ふん。迷惑には違いないがな・・・まあいい。早く支度(したく)しろ」
海坊主の言葉に怜美は急いでカウンターの内へ入り、エプロンを身に付ける。
「父さん、僕も手伝おうか」
「お前は試験勉強でもしておけ。晩の片付けだけは手伝ってもらうがな」
「分かった」
良樹はそのまま店の奥の住居部分に姿を消した。撩は急に顔を崩(くず)すと、
「怜美ちゃあん大変だったよねー。いやいや言わずともお『兄』さんには分かってるよ。その本当は傷付いてる君の心を癒(いや)すべく今夜一晩ホテルにでも 」
「止めんか!変態!」
カウンター越しに早速、怜美の手を握った撩の頭上に香のハンマーが落ちる。誠は再び「本当に多いよな物好き」と呟き、怜美に睨(にら)まれて慌(あわ)てて首をすくめた。
「おい、注文が無いなら帰りやがれ、このもっこり親父!」
「うるせえ、タコ!」
『CAT'S EYE』での喧騒(けんそう)はまだまだ続く。




夢路さまのサイトのお子様ネタ『ALL THE TIME』シリーズの新作を
なんと当同盟でいただいてしまいました!
誠くん、怜美ちゃん、良樹くんのその後を読んでみたいと思ってらっしゃった方も
多かったのではないでしょうか。
そして、相変わらずパワフルな両親’s【笑】
某パラレルのように大人しく奥に引っ込んでしまうのではなく
こうして実の子供たちを食ってしまってこそ、彼らであり彼女たちですよね♪
ではでは、愉快なお話を頂き、ありがとうございました〜m(_ _)m

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