そんな雨の日

新宿界隈では、ある親子連れの姿が毎日のように目撃される。

茶色のショートヘアに整った顔立ちの長身の女性、槇村 香。
その隣で香に手を引かれ、茶色の髪を肩まで伸ばし大きな瞳とあどけない笑顔を見せるのは、僚と香の一人娘、真奈・3歳。
毎日、二人で新宿駅の東口伝言板を見に行くのが日課となっている。


「 ママ。今日は、えっくすわいぜっと あった? 」

真奈は伝言板の下の縁につかまり、一生懸命背伸びをして、“ XYZ ” の文字を探そうとしている。

「 今日も依頼はないわね‥‥。真奈、夕飯のお買い物して帰ろっか。 」

「 うん。」

真奈が母親の顔を見上げながら元気よく答えると、香は再び真奈の手を取り、伝言板を背に歩き始めた。


二人は帰り道、時間があることもあり、デパートに寄ることにした。
そして、何階かエスカレーターを上がったところには、色とりどりの、子ども用 のレインコートや傘、長靴がキレイに飾られており、香と真奈はそれに目を奪われた。

“ 真奈に買ってあげようかな。梅雨の時期に雨具は必要だし、この前の依頼料で 少し余裕もあるし、いいわよね。 ”

そう考えて、香と真奈は、ピンクの花柄のレインコートとお揃いの傘、それと、 プ〇キュアの絵がついてるピンクの長靴を買うことにした。


真奈は、よほど気に入ったのか、家に帰ってからも、嬉しさのあまり家の中でも レインコートを着て、はしゃいでいた。

「 バパ、見て見てー! 」

ソファーに寝そべりいつもの愛読書を見ている僚の前で、真奈はクルクル回ったりと、その晴れ姿 (?) を披露している。

「 雨ふったら、お出かけするの! 」

そう言って突然姿を消し、戻って来たかと思えば

「 ほらー! これもこれも、真奈ちゃんの! 」

今度は玄関から傘と長靴を持ってきてリビングの床に並べる。
僚は愛読書から目を外し、窓の外を見ると、今にも降り出しそうな怪しい天気。
小さなレインコートを身に纏いはしゃぐ娘に柔らかい微笑みを向けて言った。

「 今から出かけるぞ! おまぁ、それ持って玄関で待ってろ。」

「 うんっ。」

真奈は、父親の言葉に目を輝かせながら返事をすると、床に置いていた傘と長靴を拾い玄関に走って行った。僚は、キッチンで夕食の準備をする香のもとに行き

「 香、今からアイツと出掛けて来るわ。」

「 えっ? 今からって、もうすぐご飯出来るのよ。」

「 なーに、すぐに帰ってくるさ。じゃあ。」

「 じゃあ、って、別に今日じゃなくても‥‥ 」

と言った時には、僚の姿はすでになく、アパートの下では、僚が真奈に手を引っ張られ歩いていた。

「 おまぁ、どこに行きたい? 」

「 伝言板! 」

“ 伝言板って、おい。何だよそれ? 普通、お菓子屋さんとか おもちゃ屋さん とか言わねーか? ったく誰に似たんだか、仕事熱心だよな。ま、俺に似るよりま しか‥‥”

二人がは新宿駅東口の伝言板の所に着くと、真奈は伝言板の縁を掴み、背伸びを している。

「 パパ、えっくすわいぜっと ある ?」

僚は伝言板が見えるように、真奈を抱き上げた。

「 XYZ あったか? 」

「 う〜ん 」

真奈は首を傾げている。実際に伝言板に依頼はないのだが、真奈にはまだ “ XYZ ” がわからないのである。

「 今日も、XYZ はないみたいだぞ。じゃあ帰るか。ママがご飯作って待ってるし な。」

「 うん。明日は、えっくすわいぜっと あるといいね!」

「 そうだな。」

僚は抱き上げていた娘を下におろすと、人混みで溢れる構内を出た。

「 やっぱり、降ってきたか‥‥ 」

僚の予想通り、雨が降り出してきた。僚の横で、真奈は大喜びしている。

“ たはは‥‥コイツは準備万端だが、俺は慌てて持って来なかったんだよな。”

僚は困惑した表情で、空を見上げていると、隣で傘をさした真奈が一生懸命に背伸びをしている。
僚はしゃがみ、目線を真奈と同じ高さに合わせ、真奈に問い掛けた。

「 どうしたんだ? 」

「 パパ、持ってないの? 真奈ちゃん、入れてあげる。」

そう言って、真奈は傘を持つ手を上に伸ばして、僚の頭の上に傘を持っていった 。

「 ありがとな。 」

僚は真奈の頭をくしゃっとなでると、真奈は母親譲りの屈託のない笑顔を見せた 。

“ それにしても、天下のシティーハンターがピンクの花柄の傘ってゆーのは、ど ーなんだ‥‥‥まあ、うちの小さいお姫様の好意だもんな。これでよしとしよう 。”

僚は心の中で自分を納得させ、傘をさしたままの娘を左腕で抱き上げて、帰路に ついた。




「 ちょっとアンタ、何やってたのよ。」

小さな子供用の傘に二人も入れる訳がなく、家に着いた時には、びしょ濡れにな っていた。

「 コイツの仕事、手伝ってきた。」

「 仕事ってどういうこと? 」

「 ママ、えっくすわいぜっと なかったよ。 」

真奈が香の顔を見上げ満面の笑みで答えると、それをフォローするように僚が言う。

「 二人で伝言板見てきたが、依頼はなかった。ということだ。誰に似たんだか、 この仕事熱心さは‥‥。 」

ずぶ濡れになった父親と娘、呆れながらも娘の身体をタオルで拭く母親。

そんな雨の日の冴羽家の一風景だった。


   Fin

みみこさまから可愛らしい梅雨時の冴羽家の光景を頂きました!
まだABCも判らないくせにXYZを懸命に探す真奈ちゃんのいじらしいこと!
これはもうお母さまの教育の賜物ですね【笑】
そしてレインコートがうれしい真奈ちゃんの笑顔にほだされて
一緒にわざわざ新宿駅まで付き合って、ずぶぬれになって帰ってくる
撩パパ、すっかり骨抜きです。
こんな心温まるお話を下さり、ありがとうございました!


Nursery Room